〈社説〉この変化を確かなものに
(朝日新聞 1998/10/09)
戦後五十三年、日韓国交正常化から三十三年。ようやく当たり前の付き合いが根付いてきた。
しかし、それはまだ、すべてが克服されたことを意味しない。
金大中大統領を迎えての日韓首脳会談が両国の内外に印象づけたことを一言でいえば、そういうことになろう。
金氏は国賓として訪れた四人目の韓国大統領だ。が、歴代大統領とは異なり、皇居で催された歓迎晩さん会で、植民地支配をはじめ過去の問題には触れなかった。
戦前の歴史に関する天皇陛下の「お言葉」は、基本的に従来と変わりはなかった。それを韓国側は、「お言葉全体に次世紀への意思を感じた」と評価した。
十四年前の全斗煥氏以来、韓国首脳が来日するたびに、天皇と大統領が過去についてどんな言葉を交わすのかが、日韓双方にとって最大の関心事だったことを思えば、大きな様変わりである。
「過去の清算」とともに「未来に向けた協力関係づくり」をめざす大統領の意思が貫かれた結果だろう。
変化は、金大統領と小渕恵三首相が署名した共同宣言に、一層はっきりと読みとることができる。
戦後五十年を機に閣議決定された「村山首相談話」に基づき、小渕首相が植民地支配への「通切な反省と心からのおわび」を表明し、金大統領がこれを評価したことがその柱であることはいうまでもない。
しかし、宣言の大部分は、日韓の政治、経済、安全保障の協力が両国にとって、またアジアや世界にとってどんなに重要か、そして、そうした協力関係を確かなものとするために両国の国民の間の交流がいかに必要かに費やされた。
日本の繁栄や平和憲法に基づく外交、安全保障政策を、韓国首脳がこれほど率直に評価したことはかつてなかった。日本側も韓国の民主化や、経済発展をたたえた。
両国が互いの良い面についてもきちんととらえ、それを協力の礎にする。こうした方向を確認し合ったことに、首脳会談の大きな意義があった。
大統領が国会演説で強調したように、韓国と日本の経済的な相互依存はますます深まり、世界的な金融危機は両国の協力をいや応なく迫っている。
朝鮮民主主義人民共和国に対する米国を含めた政策調整をはじめ、東アジアの安全保障上の利害も重なり合う。朝鮮半島の緊張緩和に長期的にどう取り組むのかも問われている。日韓両国の関係緊密化は、まさに時代の要請である。
金大統領は、日本の大衆文化の段階的な開放を決め、「天皇」の呼称の使用を認めた。首脳間で合意された「行動計画」に沿って、さまざまなレベルで交流を広げ、深めるための条件を整えなければならない。
それが、歴史を直視し、反省のなかから互いに過去の傷を乗り越えていくための本当の道になるに違いないからだ。
天皇の訪韓は、そうした流れのなかで環境整備を急ぐべき課題である。
今回は、従軍慰安婦問題が論議に上らなかった。合意の障害となる問題を避けたということだろう。日本側に残された宿題と考えねばなるまい。