画題「鮮人」差別的と抗議 県美術館が変更検討
(中日新聞 2010/04/28) 


 県美術館(名古屋市東区)が開催する展覧会「小川芋銭と珊瑚(さんご)会の画家たち」で、展示作品の画題「鮮人」が差別的だとして抗議があり、同館が画題の変更を検討していることが分かった。

 作品は小杉未醒(1881~1964年)が明治末期から大正の間に描いたとみられるスケッチ。朝鮮半島の民族衣装を着た男性を斜め後ろから描き「とき色の唐衣を抱いて前を見ている」という内容の歌が添えられている。県美術館が東京芸大大学美術館から借り受けた。

 作品を見た福井市の詩人李龍海さん(55)が「蔑称(べっしょう)で心ある人を傷つけ、差別の種を植え付ける」と抗議

 これを受け、同館は「不適切な表現がありますが、作者の反戦的意図を尊重し、そのままの表現としています」とのただし書きを掲示した。

 村田真宏副館長は取材に対し「差別的だと十分認識ができていなかったのは否定できない」と説明。小杉が、日露戦争の非戦論を唱えた平民新聞の挿絵画家を務めた経歴などから「作品は征服者に対する独立心を表現している。どういう経緯で画題が付けられたか分からない」として「朝鮮半島の人」などと変更する対応を検討している

 李さんは28日に県庁を訪れ、公開質問状を提出する考え。「画題が決まるまでいったん作品を撤去すべきだ」と話している。



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東京藝術大学大学美術館 収蔵品データベース: 作品情報 ; 東洋画真蹟 - 1293 : 鮮人




一週間前の記事では、“画題の変更”までは求めていなかったのに、テンションがあがって”欲求”がエスカレートしちゃったのかな。



愛知県美術館:標題「鮮人」の作品展示 差別的蔑称、福井の詩人抗議 /福井
(毎日新聞 2010/04/21)

◇説明の「ただし書き」を掲示

 名古屋市の愛知県美術館で9日から開催されている展覧会「小川芋銭(うせん)と珊瑚(さんご)会の画家たち」で、「鮮人」という標題の作品展示に来場者が抗議し、20日から不適切な表現をそのまま展示した意図を説明するただし書きを掲示した。同美術館の担当者は「誤解を招く表現を用いながら、制作意図を説明せず申し訳ない」と話している。【幸長由子】

 作品は小杉未醒(1881~1964)が朝鮮の民族衣装を着た高貴な男性を斜め後方から筆で描いたスケッチ。鴇(とき)色の長い唐衣を抱いて前を見ているという内容の歌が添えられている。大きさは縦19・1センチ、横32センチで、明治期の日露戦争(1904~05年)ごろの作品という

 福井県の詩人、李龍海さん(55)が展示を見て、「差別的蔑(べっ)称をそのまま標題に掲げたものは、公的美術館の展示物としてふさわしくない」と抗議していた。

 同美術館によると、標題は画家が反語としてあえて差別的表現を付けたもので、絵に書き付けられた歌には「堂々と前を見据え抵抗する」という意味が込められている。このため「展示作品中、不適切な表現がなされているものがありますが、作者の反戦的意図を尊重し、そのままの表現としています。ご了承ください」と、ただし書きの掲示を始めた。

 同館の鯨井秀伸学芸員は「新聞漫画家でもあった小杉の活動を紹介したかった。スケッチはあまり残っておらず、他に差し替えられる作品がない」と話している。

 李さんは美術館の説明で、作品自体に差別的意識がないことを確認したが、「標題をそのまま展示しただけでは、画家の意図は伝わらないのではないか。最初から詳しい説明を付けるべきだ」と話している。




>明治期の日露戦争(1904~05年)ごろの作品という。
>同美術館によると、標題は画家が反語としてあえて差別的表現を付けたもの

『鮮人』製作前後の日韓関係↓。

  1392年 「朝鮮」国、建国。
   |
  1876年  日朝修好条規、締結。
  1895年  日清講和条約(下関条約)、締結。
  1897年 「大韓」国に改号。
  1904年  第一次日韓協約、締結。
  1905年  第二次日韓協約、締結。(「韓国統監府」設置)
  1907年  第三次日韓協約、締結。
  1910年  韓国併合ニ関スル条約、締結。(「朝鮮総督府」設置)
  1923年  関東大震災。



関東大震災(1923年)後に出された、朝鮮総督・斎藤実の談話↓。

流言蜚語は面白くない
眞相を諒解せしめる
齋藤總督談

〔九・一九 東日〕今回の震災に關し、朝鮮問題につき種々なる流言蜚語がつたへられるため、日鮮融和上まことに面白からぬ影響を及ぼしつゝあるは甚だ遺憾にたへない。予は鮮人に對し如何に諒解せしむべきかにつき、日夜苦慮してゐる次第である。内地鮮人の殺傷問題については、或ひは内務省關係方面に調査を依頼し、或ひは總督府の官吏を八方に派遣して極力事實の根據を突きとむるまでに至つてゐない。

 本問題の朝鮮内地における影響については、鮮人の有識階級は餘程諒解してゐるやうであるが、無知なる婦人等が惡宣傳にまよはされてゐるのはまことにこまつたことである。殊に上海に某々新聞等が盛んに鮮人問題を惡用して宣傳してゐるが、これが影響については十分考慮せねばなるまいと考へる。目下の情報にては、朝鮮内地においては人心不安のため別に不?事勃發するやうなおそれはないけれども、當局としては萬一の場合の對策を講じてゐることは勿論にて、今日は警察官憲に對し一般内鮮人は餘程信?して來てゐるから、その點は安心である。目下東京及び近懸にては鮮人に對しつとめて保護を加へてゐるが、その數は約三千名外に學生約一千名位はある。十七日東洋拓殖會社の希望に應じ、食料毛布その他を供給することゝなった。

 なほ就職希望者にはなるべく多く、この際勞動に從事せしむる方法を講じ、また鮮人使用の希望者も大分?加して來たのはよろこぶべき傾向である。予は要務の終了次第、四五日中には歸鮮し、何等かの方法を以て極力鮮人に對する諒解につとむる考えへである云々。

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東京日日新聞 1923年(大正12年)9月19日




朝鮮総督という立場や記事の内容から考えても、『鮮人』を“朝鮮民族(朝鮮籍日本人)”の蔑称として使用しているとは思えませんし、併合前に蔑称だった言葉が、併合後に朝鮮総督が公の場で普通に使える言葉になったとも考えられませんね。

日本人・韓国人(大韓帝国)間に人種差別的なことはあったでしょうが、作品が描かれた当時、『鮮人』は蔑称ではなかったんではないですかね。

まあ、なんにしても言葉狩りをする『詩人』も、作品の題を勝手に変えようとする美術館も、ろくなもんじゃないですね。




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