(朝日新聞 2024/03/27)
 今年1月に群馬県が撤去した朝鮮人追悼碑をめぐり、撤去工事前に在日韓国大使館が山本一太知事と大使館幹部との面談を申し入れていたことが分かった。関係者が明らかにした。だが、県側が応じず、面談は実現しないまま碑は撤去された。

 関係者によると、1月29日に始まった碑の撤去工事の1週間ほど前、韓国大使館の職員が県庁を訪ね、県の担当部長ら複数の職員と会った。大使館側は解決策を話し合うため、山本知事と大使館幹部の面談を求めたという

 これに対し、県はその数日後、大使館側に申し入れを断る連絡をしたという。結局、面談は実現しないまま、県は予定通り29日に代執行による撤去に着手。2月2日に工事を終えた。

◇山本知事「外交ルートで何もきていない」

 一方、山本知事はこの間の記者会見で、韓国側からの接触を否定し続けている。大使館側が申し入れをした直後の1月25日の会見では「外交ルートで何か話はきていない」と説明。碑ががれきとなった後の2月1、8両日の会見でも、碑の撤去による日韓関係への影響などを問われ、「外交的な問題になっていると思っていない。一切、私のところに連絡もきていない」などと繰り返した。

 2月15日の会見では、韓国大使館からの接触の有無を問われ「公式に何かの形で面会したいと言われたことはない」と述べ、説明を一部変えた。その後、「公式」の意味を問われた山本知事は「これ以上コメントできない」として、具体的な説明を避けた

 韓国大使館は朝日新聞の取材に「韓日友好の象徴であった追悼碑が撤去されたことを残念に思う。追悼碑の適切な場所での再建立など、円満な解決に向けて群馬県側と引き続き協力していくことを希望する」とコメント。撤去前に山本知事との面談が実現しなかったことについては、コメントしなかった

■「事実と異なる説明は不誠実」 市民団体は反発

 山本知事が韓国大使館との面談に応じなかったことについて、追悼碑を設置した市民団体は「県は撤去ありきで面談しても決裂するだけだから、会わない方が得策と考えたのかもしれないが、話をして欲しかった。知事は応じなかった理由を説明すべきで、事実と異なる説明をするのは不誠実と言うほかない」と話している。

 碑の撤去をめぐっては「加害の歴史を消し去ることに加担する行為だ」などの批判が県に寄せられたが、山本知事は「碑の精神は否定していない」「碑を撤去することと歴史認識をねじ曲げることとは、私の中ではつながらない」「撤去は知事の判断でやったこと。間違ったことは一つもない」などと主張していた。

 山本知事は自民党参院議員(当選4回)を務め、外務副大臣や沖縄北方相などを務めた。(高木智子、川村さくら)

■識者「韓国との関係に水をさす行為」 東京大の遠藤乾教授(国際政治)の話

 群馬県の山本一太知事は、大使館幹部との面談に応じても断っても批判されただろう。想像だが、面談しても撤去方針を変える気持ちがないから、要請さえもなかったことにしようとしたのではないか。

 大事なことは、戦争中に他民族にひどいことをした過ちを繰り返さないことで、それに資する追悼碑を撤去した知事の判断が問題の本質だ。日韓関係は小さなことでも、あっという間に大きな火種になる。せっかくの良好な韓国との関係に水をさす行為で、大局的、国際的な視座からも撤去とは違う選択肢を取るべきだった。知事は「公益のため」というが、碑の撤去は歴史を修正する勢力にくみする行為で、不当で浅薄な判断だと言わざるを得ない。

■朝鮮人追悼碑問題 

群馬県高崎市の県立公園内にあった朝鮮人追悼碑は、2004年に市民団体が建てた。碑を疑問視する団体が「反日的だ」として撤去を求めるなどし、その後、県は「政治的な行事をしない」条件に反する行為があったとして14年に設置を不許可に。司法の場で争われたが、最高裁も県の判断を追認し、県によって撤去された。