(朝日新聞 2022/11/07)

 石川県産ブランドの高級ブドウ「ルビーロマン」の苗木が、海外流出したことが発覚した。だが、国際的な条約の規定により、海外では栽培・増殖の差し止めなどの法的な措置をとることはできない。対策が遅れた背景には、ある「戦略」の影響があった

 ルビーロマンは、今年7月の初競りで1房150万円もの値がついた高級ブドウで、海外でも高い評価を得ている。そのブドウが海外に流出している――県の担当者が知ったのは昨年8月。韓国で売られているというテレビ報道がきっかけだった。

 今年8月、県は韓国で現地調査を実施。ソウル市内の百貨店や高級スーパーの計3店舗で「ルビーロマン」として売られていたブドウを購入し、3房を国の研究機関でDNA鑑定したところ、県産のルビーロマンと遺伝子型が一致した。

 生育期間から、5年以上前には苗木が流出していたとみられる。県は農家に苗木の管理について聞き取ったが、原因の特定には至らなかった

 ルビーロマンは、1粒の重さが20グラム以上、糖度が18度以上の、大粒で甘みのある果実が特徴だ。1995年から14年をかけて県が開発した独自ブランドで、2012年から海外への輸出が始まった。販売額は右肩上がりで、昨年は香港や台湾、シンガポールなどで約6千万円に上った。

 PRで首相官邸にもたびたび贈呈されている。今年8月には新型コロナで療養中の岸田文雄首相がリモート先で試食し、「大変豊かな味わい」と述べ、15年には安倍晋三首相(当時)が「ジューシー」と表現した。

 安倍氏は20年の施政方針演説で、ルビーロマンを取り上げ、「農家の皆さんの長年にわたる努力の結晶である、日本ブランドを、海外流出のリスクからしっかりと守ります」と述べていた。

■海外流出を防ぐ「品種登録」と「国際商標登録」

 海外への農産物流出を防ぐ方法は大きく分けて二つある

 一つは品種登録だ。農林水産省によると、国際的に新品種を保護する「ユポフ条約」に加盟している国では、品種を開発した「育成者」(ルビーロマンの場合は石川県)が、それぞれの国で品種登録すれば、その国で許可なく別の生産者が栽培したり、増殖したりした場合などに差し止めや、損害賠償を請求できる。一方で、条約は、他国で品種登録する場合は、種苗を農家に譲渡してから6年以内に出願する決まりがある。

 ルビーロマンの苗木の譲渡が始まったのは07年で、すでに対象期間外。新たに出願はできないという。

 もっと早く品種登録ができなかったのか。9月の定例会見で問われた馳浩知事は「私も疑問に思ったが、やむを得なかったと思う」と述べた。

 背景には、県の「囲い込み戦略」があった

 県生産流通課によると、県は高品質を維持するため、厳格な契約を結んだ県内農家に限定して苗木を提供した。剪定(せんてい)した枝は粉砕するか焼却し、生産をやめる時は、県職員立ち会いのもと伐採する。自家増殖も禁止し、国外どころか県外からも出ないよう、苗木を徹底的に管理した。

 08年のデビュー当初は、国内市場への定着をはかった。同課の担当者は「海外に販路を拡大するという発想はなかった」と振り返る。東京や大阪の市場から海外に渡る商品もあったが、輸出量を増やすよりも商品をきっかけに県内へのインバウンド客を呼び込むことに意識を向けた

 品種登録は国ごとに手続きする必要があるのも障壁の一つだ。同省によると、費用は1カ国につき数十万~200万円ほど。登録までの期間は4~5年かかるケースがあるという。

 現在は助成制度があるものの、当時は登録すれば、全て出願者である県の負担となった。審査のために現地で栽培する必要がある国もあり、県の担当者は「技術流出の恐れもある。時間とコストをかけて登録する、という判断にはならなかった」と語る。

 流出を食い止めるもう一つの方法は、国際商標登録だ。特許庁によると、登録して各国が権利を認めれば、商標権を侵害された場合に販売の差し止めや、損害賠償を請求できる。一方、商標が異なれば、対抗措置はとれない

■シャインマスカットの「被害」は年間100億円以上?

 韓国で売られていた偽のルビーロマンは、県産に比べ、形はふぞろいで色つきが悪い。粒も小さめで糖度は16・7度と高いが、県が基準とする18度には届かない。県は商品価値を守ろうと、各国での商標出願を急ぐ。すでに台湾では登録済みで、韓国など計47の国と地域で商標登録に向けた準備を進めている

 ブランド農産品の海外流出は、日本にとっての積年の課題だ。農水省は、16年ごろに流出した高級ブドウ「シャインマスカット」について、国内の育成者が品種登録していれば、受け取れた許諾料は年間100億円以上にも上るという試算をしている。

 中国で急速に普及し、現在の栽培面積は日本の約30倍に及ぶという

 国は流出防止の対策を急ぐ。同省によると、来年度中には、品種の育成者に代わり、知的財産権を管理・保護する「育成者権管理機関」の設置を検討しているという。国外での品種登録や訴訟の代行、それにかかる費用を支援する。自治体などが担ってきた知的財産権の管理を一元的に集約できるメリットがある。

 農産物の知的財産権に詳しい、早稲田大学の野津喬准教授(食料・農業政策学)は、海外流出の要因について、「開発者が市場を、県内や国内に限定していることが問題」と指摘する。

 もとから海外市場を見据えていないため、海外で品種登録をせず、流出しても手が打てないケースは珍しくないという。

 一方で、多くの品種を海外で登録するのはコスト面で現実的ではないという実情もある。野津准教授は、品種の開発段階で市場側の視点を取り入れ、どの市場規模で流通させるのかを決めることをすすめる。「行政として限られた予算で、何を守り何を捨てるのか、そのバランスを考える必要がある」と話す。(川辺真改)