(朝日新聞 2022/10/29)

 東京都の人権施策担当の職員が、都の外郭団体主催の企画展で、関東大震災後の朝鮮人虐殺を事実として述べた場面がある映像を上映することに「懸念がある」としたメールを団体側に送っていたことが分かった。小池百合子知事が毎年、大震災の朝鮮人犠牲者を悼む式典に追悼文を送っていない点にも言及していた。都は28日、メールのこれらの部分について「必要のない表現だった」などと釈明した。

 企画展は、都の委託を受けた公益財団法人「東京都人権啓発センター」が管理する都人権プラザ(港区)で8月30日から11月30日の日程で開催「精神障害」をテーマに、都内在住の美術家、飯山由貴さんが出展している。

メールで取り上げられた映像は出展予定作品の一つで約26分間の内容。戦前に都内の精神科病院に入院していた朝鮮人の記録を取り上げ、当時の朝鮮人の社会的状況について研究者がインタビューで答えたり、在日コリアンのアーティストが心情をラップで表現したりする場面などで構成していた

 都とセンターによると、メールは5月中旬、映像を見た都人権施策推進課の職員がセンターの担当者宛てに送信。3点を挙げて、誤解が生じない配慮が必要と指摘した。その一つとして、作品内に関東大震災後の朝鮮人虐殺を事実としたインタビューがあることを挙げ、「都ではこの歴史認識について言及をしていません」と記載。小池知事が追悼文を出していないことにふれ、「都知事がこうした立場をとっているにも関わらず、朝鮮人虐殺を『事実』と発言する動画を使用する事に懸念があります」としていたという。

 ほかに、一部のセリフが「ヘイトスピーチと捉えられかねない」▽「在日朝鮮人は日本で生きづらい」という面が強調されている――という点も指摘していたという。

 その後、8月にかけてセンターは飯山さんと上映について協議。都と協議の上、「作品の内容が在日コリアンの生きづらさに焦点が当たっており、企画展の趣旨にそぐわない」などとして上映見送りの意向を伝えた。飯山さんが代替案を示すなどしたが、都とセンターの判断は変わらず、都人権部が中止を決めたというこの作品は上映されなかったが、企画展は開催されている

 飯山さんは28日に記者会見し、メールの内容が上映中止の理由だった可能性があると指摘し、「悪質な検閲だ」などと都を批判。都に謝罪と作品の上映を求めた

 都人権部の川上秀一・人権担当理事は28日、朝鮮人虐殺を事実とした内容が中止の理由ではないと説明。その上で「(担当職員が)組織として検討していないものを外部に送ったのは問題だった」とした。「(メールの)表現が稚拙で工夫すべき所があった。都知事のことを出したのは必要のない表現だった」とも述べた。

 政府の中央防災会議の報告書によると、関東大震災後に周辺住民や警察、軍などによる殺傷事件が多発。犠牲者は震災による死者約10万5千人の1~数%に当たるとされ、朝鮮人が「最も多かった」と指摘されている。小池知事は2017年以降、追悼文送付を見送っている。朝鮮人殺害については、これまで「様々な見方がある」「歴史家がひもとくものだ」などと述べている。

 28日の定例記者会見でこの問題について聞かれた小池知事は「今回は精神障害者の人権がテーマ。事業の趣旨に合わないということで、上映しない判断に至ったと聞いている」と説明。関東大震災後の朝鮮人虐殺については「大きな災害と、それに続く様々な事情で不幸にも亡くなられた方の例がある。全ての方々に対して哀悼の意を表するということで私自身は対応してきた」と話した。


(毎日新聞 2022/10/28)

 東京都が設置した施設「東京都人権プラザ」で開催中の企画展で、関東大震災で起きた朝鮮人虐殺に触れた映像作品の上映会をしようとしたところ、都が不許可にしていたことがわかった。映像を手掛けた美術家の飯山由貴さんが28日、東京都内で記者会見を開いて明らかにした。飯山さんは「都による検閲が行われた。重大な問題だ」と批判した

 企画展は「あなたの本当の家を探しにいく」というタイトルで、8月末~11月末の予定で開催。飯山さんには精神障害のある家族がいることから、家族と共に制作した映像作品や写真などを展示している。

 上映中止となった映像は「In-Mates」。2021年の制作で26分程度。戦前の精神科病院に入院していた朝鮮人患者の境遇や苦しみを描き、関東大震災時の朝鮮人の虐殺にも触れている。在日コリアンのラッパー、FUNIさんが当時の朝鮮人と自らの葛藤を重ね合わせ、「朝鮮人を殺せ」などと歌う場面がある。

 人権プラザは、東京都人権啓発センターが運営し、同センターは都人権部から承認を得て企画展を行っている

飯山さんは、人権部からセンターに送られた内部メールを入手。それによると、関東大震災の朝鮮人犠牲者への追悼式典に、小池百合子都知事が毎年追悼文を送っていないことを挙げ、「都知事がこうした立場をとっているにもかかわらず、朝鮮人虐殺を事実と発言する動画を使用することに懸念がある」と指摘していた

 都人権部の担当者はこのメールの存在を事実と認めたうえで、「取りやめの理由は『障害者と人権』という企画の趣旨から外れているため。企画展はセンターが主催しており、スペースを貸し出して表現者が自由に表現する場ではない」と説明した。

 飯山さんは「在日コリアンへの差別に基づく検閲があったと思う。判断には小池都知事の姿勢が大きく影響しているのでは」と語った。今後、こうした事態が繰り返されないように署名活動を行い、知事宛てに要望書を提出するという。


 小池知事は28日の定例記者会見で、この問題について問われ、「(企画展は)精神障害者の人権がテーマだった。その趣旨に合わないということで(都人権部が)上映しない判断に至ったと聞いている」と説明した。

 関東大震災後の朝鮮人虐殺の認識については「東京で起こった大きな災害と、それに続くさまざまな事情で不幸にも亡くなられた方の例がある。全ての方々に対して哀悼の意を表するということで私自身は対応してきた」と述べた。【高橋咲子、黒川晋史】


(東京新聞 2022/10/28)

 東京都の人権プラザ(港区)で開催している美術作家飯山由貴さんの企画展で、都人権部が関東大震災時の朝鮮人虐殺に触れた映像作品に難色を示し、上映を禁じていたことが分かった。飯山さんが28日、記者会見で明らかにした。小池百合子知事は震災の朝鮮人犠牲者の追悼式典に追悼文を6年連続で出しておらず、飯山さんは「知事の姿勢を忖度(そんたく)したのではないか。検閲だ」と批判した。(小川慎一)

◆「都はこの歴史認識に言及していない」

 上映が禁じられたのは「In-Mates」(約26分)。1930〜40年に都内の精神科病院に入院していた朝鮮人2人の診療記録を基に、ラッパーで詩人の在日韓国人FUNIさんが当時の彼らと今の在日韓国人が抱える葛藤や苦難を表現。在日朝鮮人の歴史を専門とする外村大(とのむらまさる)・東京大教授から「日本人が朝鮮人を殺したのは事実」と説明を受ける場面がある

 都内で会見した飯山さんによると、11月末までの会期中に映像の上映とトークイベントを計画。だが6月、都人権部からプラザを運営する都人権啓発センターに、上映とイベントを禁じる通知があった。「障害者と人権」という企画趣旨から外れていたことや、FUNIさんの歌詞に朝鮮人への暴力的な表現「ヘイトスピーチ」と受け止められかねない部分があると問題視された

 ただ、飯山さんは直接の原因は、朝鮮人虐殺に触れたことだと感じている。飯山さんやセンターの中村雅行事務局長によると、通知前の5月、都人権施策推進課職員がセンターにメールで、外村教授の発言に触れ「都ではこの歴史認識について言及していない」と指摘。朝鮮人犠牲者の追悼式典に知事が追悼文を送っていないことを示し「朝鮮人虐殺を『事実』と発言する動画を使用することに懸念がある」と伝えたという

 飯山さんは都人権部との話し合いを求めてきたが、一度も実現せず、映像作品の編集を提案したものの、受け入れられなかった。

 飯山さんは「この問題は小池知事でなければ起きなかったのではないか。追悼文を送らない態度は歴史の否定、差別の扇動だと考える」と指摘。「人権プラザという場所で危なそうだから止めるという判断ではなく、上映する対策を考えてほしかった」と話した。

◆「趣旨に沿わなかった」と都人権部は説明

 関東大震災時の朝鮮人虐殺に触れた映像作品の上映を東京都が認めなかったことについて、都人権部は28日、上映禁止の理由を「精神障害者の人権という(企画展の)趣旨に沿わなかった」と強調し、小池百合子知事への忖度そんたくを否定した。一方で、人権施策推進課の職員が小池知事の歴史認識に配慮するメールを、都人権啓発センターの担当課に送っていたことは認めた

 都人権部の担当者は「職員は朝鮮人虐殺が歴史家の見解が分かれる史実だと意識し、内容を確認する意味でメールを送った。映像を採用するかしないかに都知事は関係なく、(都知事という言葉は)必要ない表現だった」と釈明した。

 小池知事は同日の定例会見で、朝鮮人虐殺への認識について「東京で起こった大きな災害と、それに続くさまざまな事情で不幸にも亡くなられた方の例があり、その全ての方々に哀悼の意を表することで私自身は対応してきた」と述べた。(加藤健太)

◆「検閲とは言えないが、都の対応は問題」

 志田陽子・武蔵野美術大教授(憲法・芸術関連法)の話

 判例によれば、検閲は、民間人が自発的に行おうとする表現活動を、行政権力が審査・禁止することを指す。今回は東京都の関連事業で、法的には検閲と言えない。しかしアーティストと進めた企画を覆すには、それなりの理由がいる。内容が「ヘイトスピーチと『受け取られかねない』」程度では理由として薄弱だ。また、都知事の歴史認識は人権啓発と無関係で、理由にならない。こうしたことから、都の対応は問題と言わざるを得ず、アーティストが検閲を受けたと感じるのはもっともだ。

◆表現活動への制限は過去にも

 行政の介入や外部からの抗議などで、表現活動が制限される例は相次いでいる。都美術館は2014年2月、首相の靖国神社参拝などを批判する張り紙をつけた造形作品が「政治的だ」として、制作者に撤去を要請。制作者が張り紙をはがし、展示は続けられた。

 さいたま市の公民館は同年6月、市内の女性が詠んだ「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という俳句について「世論を二分する内容で、掲載は公民館の公平性、中立性を害する」として、公民館だよりへの掲載を拒否した。作者が起こした訴訟で、東京高裁は「思想や信条を理由にした不公正な取り扱い」として市に賠償を命じ、18年に最高裁で判決が確定した。

 愛知県で19年8月から開かれた芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」では、戦時中の慰安婦を象徴する少女像などへの抗議が殺到。開幕から3日で企画展は中止され、その後警備を強化して再開した。文化庁は県の申請に不備があったとして、採択していた補助金の全額不交付を決定(後に一部減額に変更)し、表現活動への行政の介入との批判も出た。(榊原智康)

(東京都人権プラザ 2022/08/29)

精神障害とは、精神疾患のため精神機能の障害が生じ、日常生活や社会参加に困難をきたしている状態のことをいいます。

精神障害は「見えない障害」のひとつであり、患者と患者以外の人との境界も明瞭ではなく、誰しもが発症する可能性があります。

本展では、美術作家・飯山由貴の映像作品を通して、精神障害がある人の語りと向き合うこと、寄り添うことの在り方を示します。精神障害のある妹と共に制作した「あなたの本当の家を探しにいく」、「海の観音さまに会いにいく」、そして、精神病院がどのような場所として機能し、精神障害のある人の語りがどのように扱われてきたのかを考察する「hidden names」をきっかけに、精神障害への差別や偏見のない社会に向けて、自分にできることを考えてみましょう