(朝日新聞 2022/03/23)

 「地上の楽園」と宣伝された北朝鮮帰国事業に参加し、人権が抑圧された生活を数十年間強いられたとして、脱北者5人が北朝鮮政府に計5億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が23日、東京地裁であった。五十嵐章裕裁判長は原告の訴えを退けた

 帰国事業は1959~84年に日朝両政府の了解のもとで行われ、在日朝鮮人やその家族ら計約9万3千人が北朝鮮に渡った。

 訴状によると、原告らは60~70年代に同事業に参加し、2000年代に中国国境の川を渡るなどして脱北した

■北朝鮮側、認めることも反論することもなく

 原告らは北朝鮮が地上の楽園だとする宣伝は虚偽で、渡航後は餓死者が相次ぐ環境の中、移動の自由も制限されたと主張していた。北朝鮮に残っている家族は現在も出国できず、面会する権利が侵害されたとも訴えていた。

 北朝鮮という国家を相手取った異例の裁判で、北朝鮮側は訴えの内容を認めることも反論することもなかった

 主な争点は(1)北朝鮮で受けた被害を日本の裁判所に訴えることができるか(2)国家には他国の裁判権が及ばないとする国際法の「主権免除」の原則が北朝鮮にあてはまるか(3)不法行為から20年が経過すれば賠償を求める権利が消滅する「除斥期間」が適用されるか――だった。

■原告「脱北時まで不法行為続いた」

 原告側はこれまでの訴訟で、原告らを北朝鮮に帰国させ、強制的に北朝鮮に留めたことを「一連の不法行為」と指摘。虚偽の宣伝をするなどの加害行為を日本でしているため、(1)の争点については日本の裁判所に訴えられると主張していた(2)については、「日本は北朝鮮を国家として承認していないため、裁判権は及ぶ」と主張。(3)の除斥期間については、2000年代の脱北時まで加害行為は続いていることから、18年の提訴時点でも賠償請求権はあるとしていた

 地裁は北朝鮮に訴状などの関係書類が届く見込みがないことから、裁判所の掲示板に書類を一定期間張り出すことで被告側に届いたとみなす「公示送達」を行った。だが、北朝鮮側は口頭弁論などに参加することはなかった。(村上友里)


(毎日新聞 2022/03/23)

 在日朝鮮人らを対象にした「帰還事業」で北朝鮮に渡り、その後に脱北した男女5人が、現地で劣悪な生活を強いられたとして北朝鮮政府に計5億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁(五十嵐章裕裁判長)は23日、不法行為から20年で賠償請求権が消滅する「除斥期間」の経過を理由に原告側の請求を棄却した。帰還事業の違法性についての判断は示されず、原告側は「納得できない」として控訴する意向を示した。

 判決によると、帰還事業は1959~84年に実施された。その際、北朝鮮政府は在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)を通じ、北朝鮮を「地上の楽園」とする誤った宣伝で勧誘し、在日朝鮮人とその家族ら計約9万3000人が渡航した。北朝鮮では90年代後半、飢饉(ききん)が起こり、帰還した人の一部が脱北するようになった。

 原告側は虚偽の勧誘で渡航させられ、出国の自由も奪われたと主張した。これに対して判決は、国内で行われた勧誘については裁判の管轄権が日本にあるものの、北朝鮮にとどめ置かれたことに関しては管轄権がないと判断。勧誘は不法行為が成立する余地もあったが、5人が勧誘されて渡航したのは60~72年で、提訴した2018年には除斥期間が過ぎていたと結論付けた

 原告の石川学さん(63)は判決後の記者会見で「人権侵害されたという訴えが届かず残念だ」と述べた。

 石川さんは14歳だった72年、兄、姉とともに船で北朝鮮に渡った。待っていたのは、肉や卵は手に入らず満足な食事を取ることができない生活だった。北朝鮮での生活に期待していた姉は精神が不安定になって入院し、91年に亡くなった。

 飢饉に見舞われると、餓死した遺体を町のあちこちで見るようになった。苦しい生活の中、政府がミサイル実験をしたと人づてに聞いて「軍事よりも救える命がある」と怒りがわき、01年に兄と中国国境を越えて脱北した。石川さんは「判決は除斥期間を理由に賠償を命じることから逃げたように感じる」と話した。【遠山和宏】