(wowkorea 2021/09/16)

韓国の窃盗犯が、日本の対馬の観音寺から盗んで韓国に持ち込んだ「高麗金銅観世音菩薩坐像」。これが偽物だという韓国検察の主張が撤回された

テジョン(大田)高裁の民事第1部(部長:バク・ソンジュン)は15日、チュンチョンナムド(忠清南道)ソサン(瑞山)市のプソク(浮石)寺が韓国政府を相手取って起こした「有体動産の引渡し控訴審」を開いた。

裁判の中、韓国政府を代理した韓国検察が「金銅仏像と結縁文(仏像製作に関する文書、仏像の中に入っている場合が多い)の真偽について、これ以上争わない」と明らかにした。1330年に浮石寺でこの仏像を製作したという韓国文化財庁の鑑定結果を受け入れたこと。

検察は、ことし7月の裁判で、窃盗犯が2012年にこの仏像を盗んで釜山港で通関させた時に「贋作(作品の偽物)」という所見を出した鑑定委員を証人として申請し、浮石寺が主張する所有物ではなく、偽物であると主張し続けてきた

今回、韓国検察が主張を撤回した代わりに、裁判の進行に関しては浮石寺の立場は食い違った。検察は「日本の観音寺が昨年末、『明確な所有権を主張するため(韓国での)裁判に参加する』と言っていただけに、観音寺側が参加するまで裁判を延ばすべきだ」と主張した。一方、浮石寺側の弁護人は「観音寺の参加意思がはっきりしていない。進行を続けて結論を出すべきだ」と反論した

結局、裁判所は「次の公判までに観音寺の参加意思がはっきりしなければ、裁判を終結する」と明らかにした。次の裁判は11月24日午後3時に開かれる。

一方この事件は、韓国の文化財窃盗団が2012年10月に観光を装って日本に渡り、観音寺からこの金銅仏像を盗んできて、日韓間の外交摩擦に飛び火した事件。仏像は高さ50.5cm、重さ38.6kgで、1330年に浮石寺により製作されたことが仏像の結縁文で分かっている。韓国の浮石寺は、「その後、倭寇の略奪によって日本に渡っていった」と推定し主張している。

1審で裁判部は「仏像に高麗国瑞州(今の瑞山)という記録はあるが、移転された記録がない」として浮石寺の所有権を認めた。日本政府は韓国政府に遺憾の意を表して返還を要求している。しかし、裁判がまだ終わっていないので、仏像は現在「大田国立文化財研究所」に保管されている。

韓国外の文化財が韓国で訴訟となった裁判はこれが初めて。窃盗団は陳述で「日本が略奪した文化財を持ってきたのだから、我々は愛国者だ」と主張した。


(wowkorea 2021/09/17)

2012年8月、キム(当時69歳)は弟に「日本には韓国から略奪した文化財が多い。それを盗んで韓国で売ろう」と話した。それから2か月の間、キムが主導する韓国人窃盗団は日本の長崎県・対馬を3回訪問し、犯行対象を物色した。

2012年10月、韓国窃盗団は日本の対馬に観光を装って入国し、寺院と神社から2体の仏像を盗んだ。大蔵経も盗んでいたが、売り難いと判断して捨てた。プサン(釜山)港を通じて韓国に持ち込まれたこの仏像は、韓国の闇市場で20億ウォン(当時、約2億円)の物件となった。

2012年12月、日本から捜査依頼を受けた韓国警察が窃盗団を逮捕し、仏像は当局に押収された。「海神神社」から盗まれた1体は後ほど対馬に戻されたが、「観音寺」から盗まれたもう1体の仏像「高麗金銅観世音菩薩坐像」は9年間も韓国で保管中だ。窃盗物であるため、当然日本の観音寺に返還されると予想されていたが、韓国の寺院「プソクサ(浮石寺)」が所有権を主張したためだ。

2013年1月、盗難物の調査過程で、仏像の中から「結縁文」が発見されていた。「結縁文」とは仏像製作に関する文書であり、仏像の中に保管される場合が多い。この文書によると、仏像は1330年、「高麗国の瑞州」の浮石寺により制作された。瑞州とは今の韓国中部の忠清南道ソサン(瑞山)であり、浮石寺は韓国の歴史教科書に登場するほどの有名な寺である。

2013年2月、浮石寺は「『倭寇』の略奪で日本に渡ったはず」と主張し、韓国政府が仏像を日本への返還しないように仮処分を求めた。本来なら他の1体と共に対馬に返還されるべきだったこの仏像は未だに「大田国立文化財研究所」に保管され、日韓の外交摩擦に飛び火と化した。

2016年4月、本案の「浮石寺への返還請求」裁判が始まった。この裁判は韓国内で行われた初の国外文化財訴訟となった。2017年1月、第1審の判決は浮石寺の所有権を認めた。

一方、主犯キムなど4人の窃盗犯らは「日本が略奪して持ち帰った文化財を取り戻して来たので我々は愛国者だ」と主張していた。キムは刑事裁判で「韓国国民に判断をしてもらいたい」とし「国民参加裁判」を請求したが、4年懲役の判決が下された。

2017年、韓国政府は第1審の判決に控訴し、現在、第2審が続いている。韓国中部のテジョン(大田)高等裁判所の民事第1部(部長:バク・ソンジュン)は昨日・15日に公判を開いた。韓国政府を代理する韓国検察は今まで、この仏像は「贋作(がんさく)」だと主張してきた。

「贋作」とは美術品などの偽物を意味する。高く売るために本物の「真作」を装ったものであり、「真作」を保存する目的の「レプリカ」とは違う意味を持つ。

韓国検察は、金銅仏像を「贋作」と主張する理由として、2012年に窃盗犯が釜山に入国する時、通関させた時に鑑定士が「贋作」として鑑定していたことを理由とした。もしも「贋作」だったら話は簡単だった。仏像は浮石寺が主張する「真作」とは違うため、その主張が退かれ、仏像は日本の観音寺に戻される。

しかし、その釜山港の通関で行われた鑑定は間違っていた。韓国文化財庁の鑑定では真作だったので、昨日の裁判で検察は「贋作」との判断を撤回するはめとなった。

昨日の公判で、裁判の進行方法と関連し検察と浮石寺の立場は分かれた。検察は「日本の観音寺が昨年末、『明確な所有権を主張するために裁判に参加する』としたため、観音寺側が参加するまで遅らせるべき」と主張した。

しかし、韓国の浮石寺側は「日本の観音寺の参加意思が明らかではない。このまま裁判を続行し、結論を出さねばならない」と対抗した。

結局、第2審の裁判所は「次の公判まで観音寺の参加意思が明らかでない場合は、裁判を終結する」とした。 次の公判は11月24日午後3時に続行される。

この裁判は、慰安婦裁判や徴用工裁判との共通点が見られている。時効を無視した裁判であり、証拠が滅失した時期になってから推定に依存した判決を行うことだ。しかも、裁判官は「反日無罪」の圧力の中、「親日売国奴」に転落することを覚悟しないといけない。

韓国裁判所は第1審で「仏像に『高麗国瑞州』という記録はあるが、対馬の観音寺に移転された記録がない」とし「1330年以降『倭寇』が5回、瑞山地域に侵入したとの史書があり、贈与・売買ではなく、盗難・略奪などで搬出されたと判断される」と判決した。

もしもこの論理が成立するならば、「韓国内で『Made in Japan』と書かれた全ての物は、領収書などの入手記録を700年間も保管しない限り、贈与・売買ではなく、盗難・略奪物と判断される」との論理も成立してしまう。

このような判決が韓国に対して望ましいのかというと、決してそうでもない。4人組の合計の前科が56犯である窃盗団が堂々と口にした「我々は愛国者だ」や「韓国国民に判断を」云々とした発言でも分かるように、「反日無罪」が韓国社会の倫理観をマヒさせ、法治の崩壊が至る所で起きているからだ。