(聯合ニュース 2020/10/16)

 韓国ソウル近郊の京畿道・利川市庁近くの広場で16日、植民地時代に朝鮮半島から日本に持ち出された文化財「利川五層(五重)石塔」の模型(レプリカ)の除幕式が開かれた。

 模型は旧日本軍の慰安婦被害者で1月に死去した金福童(キム・ボクトン)さんの像の隣に設置されることで、意味が加えられた。

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▲金福童さんの像のそばに建てられた石塔の模型

 除幕式を主催した市民団体「利川五層石塔還収委員会(以下、還収委)」は石塔の日本からの返還を願い、4月から募金活動を開始。市民131人と9団体から計1億5100万ウォン(約1386万円)の寄付を得て、模型の製作を開始した

 利川五層石塔は利川を代表する石造文化財で、高麗時代初期に作られた高さ6.48メートルの方形石塔。美しいバランスが特徴だ。

 利川郷校(当時の公立学校)の近くにあった利川五層石塔は、1915年に日本の植民地支配5周年を記念して行われた「朝鮮物産共進会」の会場を飾るためにソウルの景福宮に移された。その後、文化財収集家として知られた日本の実業家、大倉喜八郎によって18年に日本に持ち出され、東京都港区にある私立美術館「大倉集古館」の裏庭に同じ高麗時代の石塔である八角五層石塔とともに置かれた
※リニューアル後(2019/9/12~)は正門入って左隅に屋外展示。八角石塔は展示されていません。

 還収委は大倉集古館を運営する大倉文化財団に永久貸出を提案したが、財団が同レベル(国宝級以上)の文化財との交換を求めるなど、返還を事実上拒否しているという。 

 還収委側は「市民皆が石塔の存在を忘れずに、返還に向け気を引き締めようという思いで少女像(金福童さんの像)のそばに建立することになった」と説明した。


韓国語版↓

(聯合ニュース 韓国語 2020/10/16)

〇利川市庁のそばの『永遠の少女キム・ボクトンさん』と並べて建立

日本が強奪して行った利川五層石塔の帰郷を祈る模型の石塔が建てられた。

京畿道利川市の利川五層石塔還収委員会(委員長イ・サング前利川文化院長)は16日、利川市庁のそばの利川アートホール芝広場で『利川五層石塔還収念願塔除幕式』を開いた。

還収念願塔の隣には、昨年8月14日の日本軍慰安婦被害者キリム日に除幕された『平和と人権の永遠の少女キム・ボクトンさん』が位置しており、意味を加えることになった。

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▲『キム・ボクトンさん』と並んで建立された『利川五層石塔還収念願塔』

利川五層石塔還収委員会は、去る4月から募金活動を行い、市民131人と団体9か所から計1億5100万ウォンを集め、還収念願塔を製作した。

利川五層石塔は、高麗時代初期に作られた高さ6.48mの方形石塔で、均衡美が優れた利川の代表的な石造文化財だ。

利川郷校の近くにあった五層石塔は、1915年に帝国主義日本の朝鮮植民地支配が5年になったことを記念する『始政5年記念共進会』行事場所を装飾するために景福宮に移された。

続いて、文化財収集狂であり日本の実業家である大倉喜八郎の手中に入り、1918年に仁川税関を通じて日本に搬出された。

以後、東京都内のオークラホテル[ホテルオークラ隣接の大倉集古館]の裏庭に平壌の栗里寺址から搬出した同じ高麗時代の石塔である八角五層石塔とともに立つことになった。

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▲日本が強奪した『利川五層石塔』
2008年9月、利川五層石塔還収委員会のイ・サング(中)委員長などが日本オークラホテルを訪問し、『利川五層石塔』の返還を要求した。

利川五層石塔還収委員会の永久賃貸提案に大倉文化財団は同水準(宝物級以上)[「宝物」は日本の「重要文化財」に相当。別に「国宝」の指定あり]の文化財との対等交換を求めるなど、事実上拒否の意思を明らかにしている。

還収委イ・サング委員長は「日本現地訪問と考証を経て、還収念願塔を製作した」とし「市民皆が石塔の存在を忘れずに、還収意志を引き締めようとの趣旨で少女像のそばに建立することになった」と話した。(機械翻訳 若干修正)


韓国の通信社である『聯合ニュース』は、以前には韓国語版でも「搬出」「持ち出し」という表現を主に使っていたと思いますが、いつの頃からか「強奪」を主に使うようになったようですね。

創業者を強奪犯扱いされ、その上、引き渡したらそれを認めることになるんですから、大倉側が引き渡すわけないですね。

自分たちで“還収”のハードルを上げるとは・・・