(聯合ニュース 韓国語 2020/10/13)

日本が強奪して行った利川五層石塔[利川郡浄土寺址五重塔]の還収を祈る模型石塔の製作が完了した。

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▲日本が強奪した『利川五層石塔』
2008年9月、利川五層石塔還収委員会イ・サング(中)委員長などが日本オークラホテルを訪問して『利川五層石塔』返還を要求した。 

京畿道利川市の利川五層石塔還収委員会(委員長イ・サング前利川文化院長)は、来る16日に『利川五層石塔還収念願塔の除幕式』を開くと13日、明らかにした。

利川五層石塔還収念願塔は、利川市庁の隣りの利川アートホールの芝生広場に設置される

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▲利川五層石塔還収念願塔の設置場所

還収念願塔の隣りには、昨年8月14日の日本軍慰安婦被害者キリム日に除幕された『平和と人権の永遠の少女キム・ボクトン[金福童]さん』が位置しており、意味を加えることになる。

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▲利川市庁の隣りの『キム・ボクトンさん』

利川五層石塔還収委員会は、去る4月から募金活動を行い、市民131人と団体9か所が参加した中、計1億5千100万ウォンを集めて還収念願塔を製作した。

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▲利川五層石塔『還収念願塔』

利川五層石塔は、高麗時代初期に作られた高さ6.48mの方形石塔で、均衡美が優れた利川の代表的な石造文化財だ。

利川郷校近隣にあった五層石塔は、1915年、帝国主義日本の朝鮮植民地支配5年になったことを記念する『始政5年記念共進会』[始政五年記念朝鮮物産共進会]行事場所の装飾のために景福宮に移された。

引き続き、文化財収集狂であり日本の実業家でもある大倉喜八郎の手中に渡り、1918年に仁川税関を通じて日本に搬出された。

以後、東京都内のホテルオークラの裏庭[大倉集古館]に平壌栗里寺址から搬出した同じ高麗時代の石塔である八角五層石塔[平安南道大同郡栗里寺址 八角石塔]と一緒に並んで立つことになった。
※リニューアル後(2019/9/12~)には八角石塔は展示されていません。

2003年、在日同胞キム・チャンジン氏が利川文化院に石塔還収運動を提案し、2008年8月、利川五層石塔還収委員会が設置された。

利川五層石塔還収委員会の永久賃貸提案に、大倉文化財団は同水準(宝物[重文]級以上)の文化財と対等交換を要求するなど、事実上、拒否の意思を明らかにしていると還収委は伝えた

還収委関係者は「日本現地訪問と考証を経て、還収念願塔を製作した」とし「市民皆が石塔の存在を忘れずに還収の意志を固めつなごうとの趣旨で、少女像の隣りに建てることにした」と述べた。(機械翻訳 若干修正)


(BBSニュース 韓国語 2020/10/13)

日帝強占期に日本に強制搬出された利川五層石塔の還収を祈る念願塔が、市民の誠意で立てられます。

利川五層石塔還収委員会は、来る16日に利川市庁アートホール前庭で、利川五層石塔還収に向けた国民の関心と念願を集めるため、還収念願塔除幕式を開きます。

今回の除幕式には、オム・テジュン[厳泰俊]利川市長とソン・ソクチュン国会議員、チョン・ジョンチョル市会議員をはじめ、関係機関長と寄付寄託市民、市民社会団体関係者など100人余りが参加します。

これに先立ち、去る10日には利川五層石塔が還収されたら立てる場所で掘削基礎作業を始め、12日と15日にはそれぞれ還収念願塔の中にタイムカプセル副葬品を入れ、利川仏教連合会長インソン僧侶を含めた僧侶10人余りが還収念願塔点眼儀式を執り行いました。

利川地域仏教界と市民社会などは、去る2008年から石塔還収を促す様々な活動を展開して来ましたが、所有者である日本大倉財団が韓日関係を理由に返還していません。

利川五層石塔還収委は昨年初め、念願塔を建立することを決議した後、去る4月から建立基金用意のための活動を始め、利川市民と団体などから1億5千万ウォン余りを寄付で集めました。

イ・サング利川五層石塔還収委員長は「高麗初期に造成された利川五層石塔は、均衡美と作品性が卓越した国宝級文化財で、利川地域の先祖の魂と誠意を集めて立てられたと推定され、家の大小事や憂患がある際には塔を回って祈り、心の慰労を受けるなど、長い歴史の魂が込められている」と明らかにしました。(機械翻訳 若干修正)


1億5千万ウォン(約1400万円)集めたようですが、製作費はいくらだったんでしょうね。

近いうちに日本旅行ですか。