(朝日新聞 2020/09/23)

 韓国で元慰安婦を支援する代表的な団体「正義記憶連帯」(正義連)と「ナヌムの家」が資金不正疑惑に揺れている。元慰安婦の告発を機に、韓国の政府や社会に足りなかった点もあると顧みる動きが出ている。(ソウル=神谷毅)

 疑惑の発端は元慰安婦の李容洙(イヨンス)さん(91)が5月上旬の記者会見で語った疑問だった。李さんは正義連の活動に関わってきたが、「寄付金が元慰安婦のために使われていない」と話した。同月下旬には「30年間も利用され、だまされてきた」と訴えた。

 検察は9月14日、批判の的となった正義連の前理事長で、4月の総選挙で与党系から当選した尹美香氏(55)を補助金管理法違反などの罪で在宅起訴した。2013~20年に韓国政府やソウル市から補助金約3億6千万ウォン(約3200万円)を不正受給したほか、約1億ウォン(約890万円)を個人流用したり、認知症の元慰安婦のお金を無断で寄付させたりしたなどとされる。

 尹氏は「裁判で潔白を証明する」と全面否認し、議員も続ける意向だが、最大野党「国民の力」の朱豪英(チュホヨン)院内代表は15日の同党の会議で、尹氏の去就について「議員辞職するべきだ」と訴えた。「検察は疑惑の核心を明らかにしていない。捜査をするように見せかけていると言わざるをえない」とも語り、検察が市民団体の声を重んじる革新系の文在寅(ムンジェイン)政権の顔色をうかがっていると示唆した。寄付金を集める際に必要な正義連の当局への登録が抹消される可能性も韓国メディアでは報じられている。

 起訴後に正義連は「人生を慰安婦問題の解決のために献身してきた活動家を起訴することは理解に苦しむ」とコメントしたが、尹氏をめぐる疑惑への直接的な言及はしなかった。

 寄付金関連の疑惑はナヌムの家でも持ち上がった。問題点を調べた職員7人がテレビ局の時事番組に通報して5月に報じられた。

 京畿道がつくった官民合同調査団の中間報告によると、ナヌムの家を運営する社会福祉法人「大韓仏教曹渓宗 ナヌムの家」が15~19年に「元慰安婦の生活や福祉、証言活動」などのために募った寄付金約88億ウォン(約7億8千万円)のうち、生活施設に使われたのは2・3%にあたる約2億ウォン。残りは一般向けを含む施設の建設資金などとして蓄えていたとみられる。報告書は、介護担当者による元慰安婦らへの言葉の虐待もあったと指摘した。内部告発者の1人で日本人職員の矢嶋宰・国際室長(49)は「寄付金の問題だけではない。外出の自由がないなど、基本的人権さえも施設側が尊重していないことは、さらに大きな問題だ」と語った。

 社会福祉法人側は8月中旬に、「調査団が発表した結果は歪曲(わいきょく)されたものだ」と反論している。

◇不正を覆い隠した「文脈」

 正義連やナヌムの家をめぐる疑惑は、なぜ長い間、明るみに出なかったのか。

 韓国の研究者は「ナヌムの家は居住環境の悪さなど、ずっと問題ありとみられていた」と打ち明ける。ナヌムの家の内部告発者の1人、金大越(キムデウォル)学芸室長(35)は「慰安婦問題は日本との葛藤という文脈だけで捉えられ、関係者は日本への賠償と謝罪の要求に集中していた。それ以外の問題提起を許さない『聖域』のようになり、不正を表に出すことを阻んだ」と語る

 15年の日韓合意に基づき、元慰安婦支援事業を担うために設置された「和解・癒やし財団」の理事だった沈揆先(シムギュソン)・元東亜日報編集局長は「韓国メディアや研究者は、植民地時代の被害者の支援団体を批判すると『親日派』とレッテルを貼られるため、発言を『自己検閲』する状態だった」と指摘。「元慰安婦の意見の尊重を訴えて批判を寄せ付けない支援団体に問題提起できるのは、元慰安婦本人でしかありえなかった。李さんの告発が契機となり、批判的な報道や意見表明が可能になった」とみる。

 一方で沈さんは、疑惑報道は「慰安婦運動の意義を否定するものでも、正義連をなくせというものでもない。団体内部の問題解決を求めたものだ」と話す。

 正義連によると、疑惑の報道後、定期的に寄付金を支払ってくれる人たちが増えた。李娜栄(イナヨン)理事長は「韓国社会が運動にそっぽを向いたわけではないようだ。今後も運動の意義を引き継ぎ、尹前理事長個人のことと正義連は分けて対応する」と語る

 日本政府は93年の「河野談話」で元慰安婦らへのおわびと反省を表明。95年に日本政府が主導してつくった「女性のためのアジア平和国民基金」の事業では、首相の「おわびの手紙」を元慰安婦に送った。李理事長は、日本政府に謝罪と賠償を求める原則は曲げないとしつつ、「河野談話など意味のある部分を両国政府に思い返してもらい、より柔軟な姿勢で日本の対応を見守りたい」と語った

 ナヌムの家を告発した金さんは「慰安婦問題をめぐる責任は、植民地支配が終わる45年までは日本にある。日本の責任は45年以降も当然残るが、支援団体に問題があるのに具体的な対応を取らなかったのは韓国の政府や社会の不作為だ」と話した。

 韓国女性家族省によると、韓国政府に登録された元慰安婦は240人(20年8月現在)で、健在なのは16人。そのうち意思疎通できる元慰安婦は、数人しか残っていない。
     ◇
 〈ナヌムの家〉 韓国在住の元慰安婦が初めて実名で体験を公表した直後の1992年に設けられた慰安婦問題の象徴的な施設。ソウル郊外の京畿道広州市の施設に、平均年齢が90歳を超える元慰安婦5人が暮らす。

 〈正義記憶連帯(正義連)〉 前身は女性問題の運動家らで1990年に組織された韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)。慰安婦問題を主導し、韓国内外に問題を知らせた。日本政府に公式謝罪と法的賠償を求める「水曜集会」を毎週、日本大使館近くで続ける。


で、朝日新聞は何のために、まったく知らなかったとは思えない“市民団体の悪い情報”を報じなかったんでしょうね。