(日本経済新聞 2020/09/02)

検証・尖閣沖衝突10年()強硬措置へ心構えを

沖縄県・尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の船に体当たりした2010年の事件から7日で10年になる。ぶつけた側の中国が強硬な姿勢を続け、邦人の拘束までしたのはなぜか。内部資料や証言で浮かび上がる経緯は中国と付き合うための心構えを日本に示唆する。

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▲動画サイト「ユーチューブ」に投稿された中国漁船衝突事件の映像

10年9月20日午後9時、北京の釣魚台迎賓館。「極秘裏にメッセージを伝える」。当時の仙谷由人官房長官の命を受けて訪中した政府高官が中国の外交トップ、戴秉国国務委員と向き合った。

衝突から14日目だった。逮捕された漁船船長は前日に10日間の勾留延長が決まり、反日デモも起きていた。菅直人首相は早く船長を帰すべきだと主張したものの、司法手続きを無視はできない。仙谷氏は高官に「唯一の解決案」を託した。

「中国側の協力が得られれば29日までに船長を釈放できる」。高官が説明を始めると、最初はところどころ反論した戴氏もやがて耳を傾けた。

仙谷氏の提案は海保の船に体当たりしたという公務執行妨害の容疑を認めれば、罰金で拘束を解く「略式起訴」という方法だった

起訴の一種なので日本の司法手続きとして進められ、中国が求める早期釈放にもこたえられる。問題は船長があらゆる調書への署名を拒否し、被疑者が事実関係を認めるという条件を満たせていないことだった

「公判になれば何カ月も必要になる」。高官は早期解決のために船長が署名するよう中国が働きかけることを求めた。

船長の対応には理由があった。「日本が求める事実確認には一切同意しないように」。逮捕当日、那覇へ飛んだ中国大使館員が船長に指示していた。中国は尖閣の領有権を主張しているため、日本の司法管轄権を認めるわけにはいかなかった。

戴氏もこの一線は譲らなかった指導部に報告すると約束しつつ提案は拒否した。「説明に本当にがっかりした。いかなる形式の起訴も受け入れられない」。高官が持参した衝突時のビデオ映像を見ることさえ拒んだ

戴氏は事件は海保から衝突したもので、司法手続きを通じて尖閣の実効支配を強化する戦略だという日本陰謀論をまくし立てた。中国の国営メディアは事件直後から日本側がぶつけてきたと国内に喧伝(けんでん)していた。この見解を変えにくい状況ではあった。

別れ際、両氏は握手をした。「船長を即刻、無条件に釈放してほしい」。「日本の考えを深く検討してほしい」。深夜11時までの異例の極秘会談は平行線に終わった。

中国の温家宝首相が「強制的措置を取らざるを得ない」と表明したのは交渉決裂の翌21日だった。この日、日本向けレアアース輸出の通関手続きが滞り始めた。23日には邦人4人が軍事管理区域で撮影したとして拘束されたことが判明した。日本企業には中国側から商談の中止が相次いだ

中国が尖閣と無関係と主張しても、そうは受け止められない。あらゆる手段で圧力をかけてきた中国に日本は困惑した。

那覇地検は急きょ、外務省の担当者を呼び寄せて説明を受けた。24日、検察は検事総長らの会議で船長を処分保留で釈放すると決めた。官房副長官だった立憲民主党の福山哲郎幹事長は「仙谷氏と検察のあうんの呼吸だったのではないか」と振り返る

処分保留は十分な証拠がそろわない場合などに、起訴か不起訴の判断を保留して釈放する措置である。司法管轄権を行使したとは言える。福山氏は「事なかれ主義ではなく、日本の司法手続きを貫徹した」と強調する。

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衝突時の映像という動かぬ証拠はあっただけに、圧力に屈したとの受け止めもあった。事件後、政権幹部が残した非公式の総括文書に、裁判まで持っていくべきだったとの批判への反論がある。

「中国経済に依存する状況で、平時における戦争とも言える措置に日本社会、ビジネス界は耐えることができただろうか。備えや心構えを有していただろうか」

中国は主権を主張する問題で譲歩しない。事件から2年後の尖閣国有化でも繰り返された。対中関係ではこのリスクは認識しなければならない。

新型コロナウイルスや米中対立でも企業は中国がかかわる供給網の見直しを迫られる。10年前の教訓は現在にも通じる。


2010年09月28日
2010年11月01日


結局、民主党政権下で国有化まで行くんですから皮肉なものですね。