(東京新聞 2020/01/31)

 日本の外務省にビザの発給を拒否され、二〇一五年に東京都内であった安全保障関連法の反対集会に参加できなかった中国人の戦争被害者遺族らが、「集会の自由を侵害するなどしており違法だ」と国に六百六十万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は三十日、請求を退けた。原告側は控訴する方針。

 反対集会は「戦争法の廃止を求め 侵略と植民地支配の歴史を直視し アジアに平和をつくる集い」と題し、一五年十一月に開催された。原告の中国人男性三人は集会で発言する予定だったが、ビザが発給されなかったため来日できなかった。

 訴訟で原告側は「国は集会での政治的意見を問題視してビザ発給を拒んだ。集会の自由や表現の自由を侵害し、被害者遺族らとの交流の機会を奪った」と主張していた。

 前沢達朗裁判長は判決理由で「ビザ発給の可否判断は、国の自由な裁量に委ねられている。(発給拒否は)裁量権の逸脱とはいい難い」と述べた。「原告らの表現や集会の自由が制約されたことは明らか」とも言及したが、「表現や集会の自由は、国の裁量を拘束するほどに保障されているとはいえない」と判断した。


【こちら特報部】司法「お墨付き」判決? 発給可否 国が判断
(東京新聞 2020/01/31)

◇中国人ビザ拒否 賠償請求棄却 「ふざけるな」怒り心頭
      
 外務省の忖度(そんたく)に司法がお墨付きか。東京地裁で三十日、一つの判決が言い渡された。国が二〇一五年、中国人男性にピザの発給を拒否したのは違法として、男性らが国家賠償を求めた訴訟だ。男性は都内で開かれるシンポジウムで、旧日本軍から受けた被害について話す予定だった。原告側は、外務省が安倍政権に配慮して発給拒否したとにらむが、司法はしゃくし定規に請求を退けた。こんな判断が許されるのか。(片山夏子、中沢佳子)

〇4年弱の争いに主文30秒足らず

 「主文。原告らの請求をいずれも棄却する」

 三十日午後三時、東京地裁の法廷で、前沢達朗裁判長が早口で主文を告げ、一礼して席を立つ。被告側の国の姿はない。提訴から四年弱の争いは三十秒足らずで終わった。傍聴席から「たったそれだけかよ」と男性の声が飛んだ。

 「ふざけた判決。怒り心頭だ」。判決後の記者会見で原告の一人、「村山首相談話を継承し発展させる会」の藤田高景理事長(七一)は声を荒らげた

 藤田氏らは一五年十一月、都内でシンポジウム「戦争法の廃止を求め 侵略と植民地支配の歴史を直視し アジアに平和をつくる集い」を開いた。旧日本軍の七三一部隊が行った細菌戦の被害者遺族ら中国人十二人を招待した。

 しかし、外務省はピザを発給せず、中国人は来日できなかった。「集会では(ピザが不要な)韓国の従軍慰安婦の支援者らが貴重な証言をしてくれた。中国の戦争被害者の遺族だけダメだなんて論理矛盾だ」

 拒否された中国人男性や日本側の関係者計六人で「集会の自由が侵害された」と提訴。判決も「原告らの表現の自由及び集会の自由が制約されたことは明らか」と主張を認めた。

 ただ、ピザ発給は「国際法規に反しない限り、外務大臣などの政治的・外交的見地による自由な裁量」と判断。出そうが出すまいが国の自由と認めたのだ

 問題なのは、発給拒否に政治的な思惑が感じられることだ

 訴訟の中で国は「身元保証人に身元保証能力が認められない」と拒否理由を説明。判決は「唯一の理由とは認め難い」と指摘した。におうのはシンポの二カ月ほど前に安全保障関連法が成立したことだ。藤田氏は発給拒否の背景に政権への「忖度」があったと疑う

 「外務省内から『内政干渉だから拒否した』という声が聞こえてきた。外国人が安保関連法に反対する集会で発言するのを嫌ったのだろう。政権が嫌がる外国人は入国できず、集会にも参加できないという暴論がまかり通る。先の戦争の証言も得られなくなる」

 弁護士も同様の危機感をあらわにする。弁護団長の浅野史生氏は支援者集会で「判決は『特定の外国人の入国を好ましくないものと判断して査証の発給を拒否し得ることを、(国の裁量権の)本質的・核心的な内容』とまで言い切った。とんでもない」と憤慨した。
 
 殷勇基(いんゆうき)弁護士も「判決は、政権の意に沿わない集会の妨害を許したことになる。これは、この事件に留まらない」と強く懸念。

 藤本美枝弁護士は「判決は、(原告が主張する)集会の妨害を前提として検討しても、裁量権の逸脱・乱用にならないとまで踏み込んだ。非常に問題だ」と批判した。

 原告の一人で一橋大の田中宏名誉教授は「今回の問題は日中、日韓関係や、それらの国がどう歴史に向き合うかということも含み、より重い問題。こういう裁判こそ、裁判員制度で国民の声を反映させるべきではないか」と語った。

◇外務省は「政権に忖度か」 過去の判例「大臣判断で」

〇意にそぐわぬ人「ノー」・薬物犯歴の著名人も

 ピザが発給されるかどうか。その判断には不透明な部分がある。

 米国や韓国、フランスなど六十八の国・地域の人たちは、商用や観光など短期の訪日にはビザが不要。それ以外の国や地域の人たちは、最寄りの日本大使館や総領事館などで事前にビザを申請する必要がある。

 パスポートなどのほか、日本側から招かれる時には「招聘(しょうへい)理由書」や滞在予定表、身元保証書なども申請時に添える。面接や追加書類を求められることがあり、発給までに数週間から数カ月かかることもある。

 ただ、申請すれば誰にでも発給されるわけではない。入管難民法は「上陸拒否事由」も列挙している。具体的には▽特定の感染症患者▽政治犯罪以外の法令違反で一年以上の懲役や禁錮などの刑に処された人▽麻薬や大麻、覚醒剤などに関する法令違反で刑に処された人―などこれに触れる人は、原則として発給を拒否される

 条件を満たし、さらに外務省が「入国を認めるのが適当」と判断してようやくビザが発給される。仮に拒否されても「不正入国に悪用される」と理由は教えてもらえない。制度上、意にそぐわぬ人を排除する運用が可能なのだ

 ビザを取得しても、実際に入国する時には法務省が所管する入国審査を受ける必要がある。

 元入国審査官で「入管問題救援センター」代表の木下洋一氏は「ビザ発給と入国審査は、それぞれ判断材料になる情報や観点が違う。入国審査の場合は、身元や渡航目的の確認、滞在先や期間などを尋ねた時、答えに不自然な点があると認めない」と説明する。

 こちらは拒否の理由がある程度分かる。二〇一八年は前年より27・8%増の九千百七十九人で最も多い理由が、不法就労が目的なのに観光などと偽る「入国目的に疑義」の78・9%で、次に「上陸(入国)拒否事由」10・1%が挙がる。

 有名人が入国を拒否されると話題になる。ローリング・ストーンズのミック・ジャガーさん(一九七三年)、元ビートルズのポール・マッカートニーさん(七五年)、サッカー元アルゼンチン代表、ディエゴ・マラドーナさん(九四年)、米国のタレント、パリス・ヒルトンさん(二〇一〇年)らだ。薬物犯罪歴などが理由だった。

〇「自由侵害、問われる国家のあり方」

 政治活動が問題視されたケースで有名なのは「マクリーン事件」だ。日本でベトナム反戦活動に携わった米国人が在留期間の更新を拒まれ、提訴した

 一九七八年の最高裁判決は「憲法上、外国人は入国の自由を保障されていない。在留の権利も保障されていない」と指摘政治活動などの権利は「外国人在留制度の枠内で与えられているにすぎない」と示し、在留を認めるかどうか法務大臣の幅広い裁量を認めた。今回の判決も、この判例を下敷きにしているようだ

 しかし、「外国人人権法連絡会」共同代表の丹羽雅雄弁護士は「今回はマクリーン事件と意味合いが異なる」と憤る。「ビザ発給は、その人が日本へ行っていいのかどうかを外務省が政治・外交上の観点から判断する。しかし、今回のケースは集会の内容を問題にしたと思われる。公正公平で適正な判断と言えない」

 恣意(しい)的な判断で門前払いをしており、マクリーン事件よりも問題が大きいという指摘だ。

 丹羽氏は「多様な意見を学び、これからを考えるという集会の趣旨を認めず、歴史認識の修正を図る政府の観点から判断している。集会の自由を著しく侵害している。日本の国家としてのあり方が問われる」と判決を厳しく批判する。

〈デスクメモ〉
 カルロス・ゴーン被告に新型肺炎。昨年末以来、出入国管理について考えさせられるニュースが続いている。そこに今回の判決。司法の判断は外国人が入国し、滞在できるかどうかは国の胸三寸で決められるということ。おもてなしやインバウンドという言葉がしらじらしく響く。(裕)2020・1・31

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許可・不許可の基準を明確に決めてしまうと、必ず悪用するのが出てくるので、為政者がそれなりに判断できる方が良いんじゃないですかね。

誰を入国させるかの判断は為政者の判断で、誰を為政者にするかは有権者の判断で、ですね。