(朝日新聞 2019/12/23)

 国連が加盟国に対し、自国で働く北朝鮮の労働者を送り返すよう義務づけた期限が22日、経過した。北朝鮮は外貨獲得の手段をまた一つ失う形だが、軍事挑発を緩める気配は見えない。制裁解除をめざした米朝協議が行き詰まるなか、強硬姿勢をとり続けられるのはなぜなのか。背景には、米朝対話をてこに取り戻した中国との蜜月関係がある。(ウラジオストク=編集委員・牧野愛博、瀋陽=平井良和、ソウル=神谷毅)

 労働者の送還期限を控えた20日午前、平壌との直行便が飛ぶロシア極東のウラジオストク空港では、大きな荷物を抱えた100人近い北朝鮮労働者が出国を待っていた。ロシア人の闇両替商が労働者に声をかけ、しわくちゃのルーブル札を受け取っては、1ドル札や5ドル札と交換していく

 かつて自らも労働者としてロシアに派遣され、そのまま脱北した男性(57)は「人々はロシアで入手したもの全てを持ち帰ろうとして、荷物が増える。北朝鮮ではルーブルがほとんど使えず、現金も米ドルに替えて持ち帰らないといけない」と解説した。

 空港にいた労働者たちに話を聞くと、周囲を気にしつつ「5年ぶりに帰る」「建設労働で働いた」「生活はどこにいても苦しい」と短く答えた。ロシア再訪の可能性は、全員が「わからない」とつぶやいた

 北朝鮮国営の高麗航空によると、平壌便は10月までの週2便から、最近は平日各2便に増えた。ロシアのマツェゴラ駐北朝鮮大使は9月、通信社の取材に「12月22日までにロシアの北朝鮮労働者は1人もいなくなる」と語っており、送還ラッシュの様相だ。

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▲20日午前、ウラジオストク空港で金を数える労働者。後方は荷物の超過料金を払うために列を作る同胞ら=牧野愛博撮影

 米国務省の報告書などによると、北朝鮮は2018年下半期に9万人超を労働者として国外に派遣。給与を上納させ、かつては年5億ドルを得ていたとみられる。国連安全保障理事会は送還を義務づけた2年前の制裁決議で、核・ミサイル開発との関連を指摘。ただ、主な受け入れ国だったロシアと中国はこの制裁決議の一部解除を安保理に求める準備を進めている。

 これに加え、中国は、いったん送還を決めたロシアと異なり、就労ビザを使わない方法での労働者受け入れを続ける

 中朝貿易の関係者によると、北朝鮮労働者は現在、観光や研修を目的にした1カ月の短期滞在資格を得て、主に中国東北部の海産物工場などで働く。1カ月ごとにいったん帰国する必要が生じた労働者を目当てに、吉林省集安では10月ごろから、国境を流れる「鴨緑江」の橋のたもとに多くの露店が出現。店主たちは「労働者は帰国した日の午後には中国に戻ってくる。多い時は1日20台ほどのバスが計500人以上を行き来させている」と言う。中朝貿易の関係者も「滞在資格の切り替えで、以前と変わらない労働力が確保されている」と話す。

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▲中朝国境の中国側に現れた、北朝鮮労働者が目当ての露店=22日、吉林省集安市、平井良和撮影

 労働者受け入れは制裁決議に違反する可能性があるが、中国は安保理の常任理事国で拒否権を持ち、行動を縛る手段は限られる

■中国からの訪問客は10万人超

 制裁の影響で北朝鮮経済は低空飛行を続ける。韓国銀行によると、18年の国内総生産(GDP)は前年比で4・1%減った。ただ、最近は外貨交換レートや米価に大きな変動がなく、危機には至っていない。

 支えるのは中国だ習近平(シーチンピン)国家主席は今年6月に訪朝し、国連制裁の対象でない食糧支援や中国人の訪朝旅行の拡大などを約束した。核実験を繰り返す北朝鮮を一時は袖にしたが、トランプ米大統領が米朝協議に前向きになると、かつての「盟友」との蜜月を再び演出するようになった。

 北朝鮮は貿易の9割を中国に依存する。韓国銀行などによると、今年1~10月の対中貿易額は18年同期比で約16%増え、22億ドルだった。ただ、貿易赤字の総額は約20億ドルに達する

 韓国の対外経済政策研究院のチェ・チャンホ統一国際協力チーム長は「これだけの貿易赤字を許容できるのは、制裁が禁じる品目の密輸で外貨が流入し、現時点で外貨不足が生じていないためだろう」とみる。脱北者のキム・ヨンヒ韓国産業銀行・北朝鮮経済チーム長も、中朝間には統計に表れない取引があると指摘する。

 北朝鮮が外貨獲得源と見込む観光業も中国人客で盛況だ中国政府は今春、旅行会社などに訪朝客を増やすよう号令をかけ、国境付近の日帰りや七宝山など景勝地への宿泊ツアーが急増した。吉林省内の旅行当局関係者によると、これまで中断してきた冬季ツアーも今年は続ける予定という。

 11月に訪朝した朝鮮系ロシア人は開城と平壌を結ぶ高速道路にある休憩所に、中国人客の大型観光バスが10台以上駐車しているのを見て驚いたと振り返る。ロイター通信は19年に訪朝した中国人客は35万人にのぼると伝えている

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▲北朝鮮に対する主な国連制裁(2017年12月決議)と実態

■過去に通ってきた道

 朝鮮中央通信は22日、朝鮮労働党の中央軍事委員会拡大会議が開かれ、「自衛的国防力」強化をめぐる問題を討議したと伝えた。金正恩(キムジョンウン)党委員長が年内と定めた米朝協議の期限が迫るなか、最近は大陸間弾道ミサイル(ICBM)用のエンジン試験を実施したとされ、米側の譲歩がなければ「クリスマスプレゼント」を贈るとも警告している。

 韓国の外交関係者によると、文在寅(ムンジェイン)大統領は今月にトランプ氏と行った電話協議で、「米国務省のビーガン北朝鮮政策特別代表を訪韓させ、板門店で北朝鮮側と会ってみてはどうか」と提案したという。だが、訪韓したビーガン氏は北朝鮮側と会えず、予定になかった中国を訪ねた際の協議でも、事態の打開策は見つけられなかったとみられる

 韓国の専門家は今後想定される北朝鮮の軍事挑発について、「まず発射台にICBMを立てて挑発するが、すぐには発射しないのではないか。名目は人工衛星を打ち上げるロケットと言うだろう」とみる。

 正恩氏は今年1月の新年のあいさつで、米国が自国に圧迫を加えるならば「新しい道」を探ると述べた。韓国政府の高官は「正恩氏が来年1月の新年のあいさつなどで、米朝交渉を中断すると宣言し、中ロとのさらなる関係強化を進める可能性が高い」と分析する。北朝鮮が後ろ盾から経済支援を得ながら軍備増強を進める構図は、国際社会にとって、「過去に通ってきた道」でもある


中国からしたら、北朝鮮がアメリカに完全に屈服しても、崩壊しても困るんでしょうね。


>文在寅(ムンジェイン)大統領は今月にトランプ氏と行った電話協議で、「米国務省のビーガン北朝鮮政策特別代表を訪韓させ、板門店で北朝鮮側と会ってみてはどうか」と提案したという。だが、訪韓したビーガン氏は北朝鮮側と会えず

これが事実なら、さらにアメリカの韓国に対する“仲裁者”としての期待は薄くなったでしょうね。


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