米中争覇 The Battle 食糧 穀物大量備蓄 中国の不安 米と貿易摩擦 14億人の確保は
(朝日新聞 2019/12/03)

 中国東北部・大連市の中心部から湾を隔てた対岸の港に、300基を超す巨大サイロ(食糧貯蔵庫)が立ち並ぶ。大きいものは直径32㍍、高さ約46㍍。サイロ群の総容量は200万トンで世界最大級だ。

 港の名は北良港。東北部の穀倉地帯から南部へ食糧を送る拠点として、2003年に運用が始まった。13年に国有食糧企業・中糧集団有限公司(COFCO)の傘下に入ると、米国やブラジルから届く大豆などを国内市場に送る中継基地となった。四つの食糧専用埠頭と鉄道の引き込み線があり、中国全土の輸送網とつながる。

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▲中国・遼寧省大連市の北良港に並ぶ食糧用とみられるサイロ=11月8日、平井良和撮影


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 サイロ群にはもう一つ重要な役割がある。緊急時の国家備蓄として、60万トンもの食糧を長期保管することだ。こうした備蓄庫は中国全土にある大連の北約200㌔の営口市では、郊外に高さ10㍍を超えるサイロが並ぶ。地元農家によると、毎年秋、新たに収穫された分が運び込まれ、3年前から貯蔵されていた分が市場に出されるという。

 ここを管理するのは国有企業・中国儲備糧管理。中国全土に1千カ所近くの備蓄庫を持ち、コメや小麦、トウモロコシ、大豆などを保管する。同社以外にも、地方政府や企業が管理する備蓄庫も数多くある

 備蓄庫に蓄えられたコメは年間消費量の80%、小麦は112%に相当すると米農務省は推計する。国連食糧農業機関が「食糧安全保障の最低ライン」とする17~18%はもちろん、コメで24%、小麦で15%の日本の水準をはるかに上回る。中国だけで世界全体の小麦の備蓄量の半分以上、コメは3分の2を蓄えている計算だ。米政府は需給バランスによる価格決定をゆがめ、「世界の農家に損害を与えている」と批判する。

 膨大な備蓄は中国が抱える不安の裏返しだ。昨年7月、米国が中国からの輸入品に追加関税の第1弾を発動すると、中国は報復として米国産大豆などの関税を引き上げた。その約2週間後、中国政府は全国の備蓄庫の一斉点検を指示。米国が第3弾を発動した今年5月には、点検責任者に「隠さず、ごまかさず、問題点を報告せよ」と念を押した。

 備蓄をめぐっては、中国政府は総量を公表しておらず、管理者らによる横流しが発覚するたびに、インターネット上で国民から「備蓄庫にちゃんと食糧があるとは思えない」という疑念の声が上がる。17年時点で米国からの食料品輸入は65億㌦(約7150億円)で、米国は最大の供給国だった。貿易摩擦で中国は米国からの輸入にブレーキをかけつつ、それが自身の食糧不足に波及することを警戒している。

 中国は食糧生産量で世界一だが、世界最多の14億の人口を抱える。米国の環境活動家レスター・ブラウン氏は1994年、中国では農地拡大は難しく、生産量は減り始めると予測した。この年、中国は不作で収穫量が減り、翌95年にはトウモロコシやコメを大量に輸入。国際価格の高騰を招いたと各国に批判された。

 中国政府は96年、「食料自給率95%」を打ち出し、「世界の食糧の安全に脅威は与えない」と宣言した。だが、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟で農産物の関税が引き下げられ、経済成長による高級品志向も進んだ結果、10年代初めには世界最大の農産物輸入国になった
 
 習近平(シーチンピン)国家主席は13年、こうした現状を追認して「95%自給」の看板を下ろした。主食のコメや小麦は自給を維持しつつ、それ以外は輸入品を積極利用するよう方針を転換させた。中国国家統計局によると、13年に約520億㌦(約5兆7千億円)だった食料品の輸入額は、18年には約726億㌦(約7兆9600億円)に達した。もはや後戻りできない状況だ。(大連=平井良和)


米中争覇 The Battle 食糧  食糧は「武器」 ソ連崩壊の教訓 米国の禁輸 懸念深める中国
(朝日新聞 2019/12/03)

 10月上旬、上空から見た米中西部カンザス州は、トウモロコシの黄緑と大豆の茶色のパッチワークで埋め尽くされていた。カンザス、イリノイなど中西部9州にまたがる穀倉地帯は「グレイン(穀物)ベルト」と呼ばれる。

 米国の耕作地は中国より広いが、機械化が進み、農家の人数は中国の1~2%にすぎない。安く大量に生産される米国の農産物は第2次大戦後、戦火で荒れた欧州や日本などの同盟国に送られ、食の米国依存を構造化させた。

 カンザス州フリントヒルズの大豆農家ドウェイン・フンドさん(63)は収穫を前に嘆いた。「トランプ大統領は我々の顧客の中国との信頼関係を傷つけ、カーター元大統領と同じ過ちを繰り返している。1980年の穀物禁輸と同じだ」

 70年代、米国の農家は空前の好景気に沸いた。冷戦で対立していたソ連が、72年の凶作をきっかけに米国から年間1千万トンを超す穀物を輸入するようになったからだ。だが、ブームは突然終わる。79年、ソ連がアフガニスタンに侵攻すると、翌80年、当時のカーター大統領はソ連への穀物禁輸を宣言。食糧を「武器」に使った。

 禁輸は一年余りで空振りに終わった。ソ連がアルゼンチンなどからの輸入を増やしたためだ。一方、米農家の作物は売れなくなった。借金の金利は高騰し、担保にした農地の価値は急落した。

 ただ、長期的には米国の狙いは当たった。80年代半ばに原油が値崩れすると、財政難になったソ連は食糧の輸入代金を払えなくなったソ連は91年に崩壊した

 中国の食糧政策に詳しいシンガポール・南洋理工大学の張宏洲研究員は「ソ連崩壊の歴史に中国は学んでいる。米国が食糧禁輸をするかもしれないと懸念を深めている」と指摘する。

 ソ連でつまずいた米国の大豆生産者団体は82年、北京に事務所を開設。95年に大豆の本格輸出にこぎつけた。2017年には輸出量が約3千万トンになったが、米中の貿易摩擦が始まった18年にブラジル産に押し出されて、半減した

 米国大豆輸出協会のジム・サッターCEOは「売り手としての米国の信頼は傷ついた」と感じる。米国産大豆が他国産より安い時でも、中国のバイヤーは買わない時があった。

 中国は自国の食糧確保に強い不安を抱える一方で、「食」を使った政治的影響力を行使している

 中国は10年、ノルウェーのノーベル委員会が中国の人権活動家、劉暁波(リウシァオポー)氏に平和賞を授与したことに反発し、ノルウェー産サーモンの輸入を止めた。南シナ海問題でフィリピンと対立が深まった12年には、同国産バナナの輸入を停止。昨年12月にカナダ当局が米国の求めに応じ、中国通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)副会長を逮捕すると、カナダ産の菜種と食肉の輸入を相次いで止めた。自国の巨大市場を背景に、「武器としての食料輸入」を振り回している。(フリントヒルズ=武石英史郎)

◇巨大市場 米国外しに限界も

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▲ブラジル中西部カンポベルジ郊外で、地平線まで広がる大豆畑=11月6日、岡田玄撮影

 11月上旬、ブラジル中西部カンポベルジ。「緑の平原」を意味する町の名の通り、郊外の大豆畑は大地を緑に染めていた。大豆の集積場では早朝、長さ25~30㍍の巨大トレーラーが50台以上、列をつくって開門を待っていた。運転手のシセロ・マガリャンイスさん(53)は「ここは他社より払いがいい。1トンあたり41レアル(約1千円)。他より2、3レアル高い」と語った。

 集積場は香港に本社を置く中堅穀物商社ノーブルのものだった。だが、2014年、同社の株の51%を中国の国有企業COFCOが取得。16年に残りの株もすべて取得して買収した。5千㌶の農地を持つ大豆農家ミルトン・ガルグジョさん(50)は今年、生産する大豆の30%をCOFCOに売る契約を結んだ。

 カンポベルジでは「穀物メジャー」と呼ばれる欧米系の巨大資本が農家からの買い付けネットワークを築いてきた。かつて米国系大手で働いた穀物ブローカーの男性(57)は「中国は約10年前から自分たちで土地を買って大豆を作ろうとしたが、土地を売る人は少なく、最後は外国人に大規模な土地販売を禁じる法律に阻まれた。そこで目をつけたのが、国際穀物商社の買収だった」と指摘する。

 COFCOはノーブルと同時期にオランダ系のニデラも買収し、2社が持つ26カ国の流通網を手にした。国有銀行は少なくとも600億元(約9300億円)を融資。中国版穀物メジャーの誕生を支えた。

 ただし、人口14億の中国の巨大な食糧需要を考えれば、最大の供給元だった米国との決別は自らの首を絞めることでもある。中国のコメの生産コストは米国に比べて4割高い。中国政府は農家の生産意欲を保つため、農家から高く買い取り、安く市場に売ってきた。01年以降、中国政府が負担した農業補助金は累計で1千億㌦(約11兆円)に上ると米通商代表部はみている。

 中国はコメを自ら作り続けるしかない。コメの年間消費量は1億4千万トン余りに上るが、世界全体のコメ貿易量は年4千万トンしかない。程度の差はあれ、小麦やトウモロコシも輸入には限りがある。食糧問題に詳しい三石誠司・宮城大教授は「穀物の世界では、供給できないものは買うことができない。高品質の農産物を納期通りに大量に輸出できる米国は、中国にとって当面欠かせない」と指摘した。(カンポベルジ=岡田玄)

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▲農業で比べると…


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