(東亜日報 韓国語 2019/09/17)

ソ・ヨンア論説委員入力

「先祖がこの地から渡っていかれたと聞きました。」

1990年9月26日、妙香山。当時“日本政界のドン”と呼ばれた金丸信(1914~1996)を歓待するキム・イルソン[金日正]の最初の挨拶はこうだったという。超党派の訪北団[訪朝団]を率いた金丸は、この会談の後、日本自民党と社会党、朝鮮労働党3党の名で『北-日修交共同宣言』[三党共同宣言 朝日関係に関する朝鮮労働党、日本の自由民主党、日本社会党の共同宣言]を発表して涙を流した[9月28日]。北朝鮮に拿捕されて7年間抑留されていた『富士山丸』号の船長と機関長を帰国させるなど顕著な成果も収めた。しかし、宣言は帰国の後、「屈辱外交」、「売国外交」と非難を受けた。

△当時、キム・イルソン-金丸会談は密室で進められた。国交正常化と関連した補償問題が議論されたと考えられるが、内容は文書化されず、ずっと論議の種になった。以後、北韓[北朝鮮]が常に「約束を守っていない」と非難するたびに、日本側はこれが密室交渉の内容を示すものと推測するだけだった。当時、北-日国交正常化と植民地時代および戦後補償を北朝鮮に約束した金丸は、『戦後補償』が問題になるとすぐに「国交正常化が遅れたことによる利子分」を主張したりもした。1994年のキム・イルソン、1996年の金丸の死で共同宣言は色あせたが、2002年の小泉純一郎,元総理の訪北[訪朝]と北-日平壌宣言[日朝平壌宣言 9月17日]の基礎になった

△それから17年。長い間の膠着状態を破るために日本が動くのか。秘書としてこの訪朝団に随行した金丸信の次男,金丸信吾氏(74)が14日、60人余りを率いて平壌に行った。父親の誕生105周年記念式を17日に現地で行う予定という彼は出発直前、「安倍総理の『条件のない北-日首脳会談』論をあちら(北)が受け入れるつもりかどうか聞きたい」として期待を示した。今月末からは日本医師会が北朝鮮に医療支援代表団を派遣する予定というので、北-日間交流の扉が開く雰囲気は確実なようだ

△金丸信は“義理と人情”の政治を掲げた。手放しで中曽根康弘,元総理を嫌ったが、中曽根は金丸の“器の大きさ”を認めて自民党副総裁にむかえたというので、誰の器がより大きいのかはちょっと確かめてみなければならないようだ。総理になることができたが固辞した人物としても挙げられる。「総理で苦労するよりも総理を陰から操っていたほうがおもしろい」という理由からだ。1992年に炸裂した『佐川急便』不法政治資金授受事件および脱税で、晩年は逮捕と裁判で汚された。自宅を押収捜索すると金塊が出てきて「キム・イルソンから受け取ったのではないのか」というデマが出回ることもした。(機械翻訳 若干修正)


(ソウル新聞 韓国語 2019/09/17)

ファン・ソンギ論説委員

偶然にも9月の1か月間に2つの日本訪問団が北韓[北朝鮮]に行っていたり、行く予定だ。1つは80年代の日本政界の実力者,故金丸信元自民党副総裁の次男,金丸信吾(74)が率いる訪北団[訪朝団](14~19日)であり、もう1つは日本医師会(9月24日~10月3日)のそれだ。そのため、警察出身の北村滋,国家安全保障局(NSS)新任局長体制に入り、北日接近が可視化するのではないかという推測が出ている。さらには、日本医師会の会長が安倍晋三総理と近いという理由を挙げ、日本政府の対北メッセージを伝達する“企画訪朝”説も流れているが、事情は必ずしもそうではない

金丸信は1990年に故キム・イルソン[金日成]主席と会い、北日交渉の道を開いた人物だ。息子の信吾は平壌に厚い人脈を持つ父のおかげで、父の誕生日(9月17日)を前後して最近、ほぼ毎年平壌を訪れている。金丸信の誕生100周年である2014年にも北朝鮮を訪問し、誕生105周年である今年は、父の地方区である山梨県住民60人余りで訪朝団を立ち上げた。金丸信吾は平壌に行くたびに30年の親交があるソン・イルホ[宋日昊]北日国交正常化担当大使と会って歓待を受ける。今回もソン大使はもちろん、チェ・リョンヘ[崔竜海]労働党副委員長とも会うと予想されている。金丸信吾側は、安倍総理や自民党からいかなる対北メッセージも受けていないという。逆に対日メッセージを持って来る可能性はある

日本医師会の訪朝は以前から計画されていたものだ日本の元参議員[参議院協会]が北朝鮮を訪問することに同意を集めたが、中心人物が宮崎秀樹.元医師会副会長だった。彼らが平壌に行けば、北朝鮮当局者と会って懸案に対する意見を交わす一方、医療支援のための医療現場視察も予定されているという。ちょうど横倉義武,医師会会長が安倍総理と親しいということだが、正式な窓口でもない訪朝団がどのような成果を上げるかは未知数だ

冷戦時代に韓国は北日が南北より先に行かないように牽制してきたが、キム・デジュン[金大中]政府以降、北日接近を奨励する方向に変わった。ムン・ジェイン[文在寅]政府も昨年、北日交渉を勧めた。しかし、状況を読めずに今年の初めまで対北圧迫のみを唱えてきた安倍政権だった。そうするうちに2回目のハノイ北米首脳会談が失敗に帰して南北が疎遠になると、その間隙を縫って安倍総理は『条件のない北日首脳会談』を提案したが、北朝鮮は鼻であしらっている

年内に北米の3回目の首脳会談に集中しようとするキム・ジョンウン[金正恩]国務委員長としては、安倍総理との出会いに気を遣う余力はなさそうだ。ただし、当局間対話はもちろん、民間団体の訪朝まで途絶えた南北関係に照らしてみれば、これら2つの訪朝団の動きが気になるのは事実だ。(機械翻訳 若干修正)


 春・夏・秋・冬 
(朝鮮新報 2002/09/27)朝鮮総連機関紙

 今号の本欄は本来のコラムとしてではなく、編集部からの「便り」「お知らせ」の欄として読者のみなさんに届けたいと思います

17日、平壌で行われた朝・日首脳会談の席上、金正日総書記は小泉首相に対し、拉致問題について特別委員会を作って調査した結果、事実であったことを認めました。そして、「遺憾なことであり、率直におわびしたい」と述べ、事件に関連した人々は「処罰」したとも語りました

▼拉致問題については、本紙紙上でも労働新聞、朝鮮中央通信などの「事実無根」「でっち上げ」などの見解に沿って、たびたび取り上げてきました。しかし、総書記が拉致事件を認めたことによって、本紙紙上で取り上げてきた報道、論調そのものが過ち、誤報であったことが明らかになりました

▼これまで読者のみなさんに誤った事実を伝え、そのことによって言葉では言い表せないご迷惑を与えたことについて、率直に反省しております。いくら祖国の報道を信じ、それに依拠してきたとはいえ、先入観に基づいて展開した編集部独自の検証記事などは、ジャーナリストにとってはあるまじき行為だったというほかはありません

▼拉致事件は、かつての朝・日間の不正常な関係のもとで起きたまことに遺憾なものであります。今後、こうした事件が2度と起きないよう、徹底した防止策が講じられるよう求めたいと思います。また、今回の事件から教訓を汲み取るとともに、朝・日国交正常化の1日も早い実現と親善・友好関係の樹立に向けて、編集部一同、全力を傾けていく決意でいます。