(朝鮮日報 韓国語 2019/09/11)

去る5日、釜山市南区大淵洞の丘にある国立日帝強制動員歴史館を訪れた。国連記念公園と南区一帯が見下ろせる眺望の良い所だ。2万3,000坪の場所に7階規模歴史館は、2015年12月、税金522億ウォンをかけて開館した。

この歴史館は2017年末、日本のある民間団体が掲載した映像のために物議に上がった。朝鮮人強制動員被害者であると展示していた写真が、実は日本人の写真であったということであった。映像に出演した日本人写真作家[斎藤康一]は、1961年に九州の筑豊炭鉱である貧しい日本人鉱夫が横になって寝ながら石炭を掘る場面を撮ったとし、フィルムの原本まで見せた。

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屋外の追慕塔に彫られた骨だけ残った労働者の写真も問題になった。朝鮮人徴用被害者ではなく、1926年に北海道開拓過程で『奴隷労働』に苦しめられた日本人たちだったためだ。この写真が掲載された1926年9月9日付の旭川新聞まで提示した。

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歴史館はあわてて展示物を交換した。歴史館のチュ・ヨンミン学芸研究部長は「追慕塔の石版に彫られた写真は予算を用意するのに時間がかかり、昨年になって交換した」と述べた

2015年7月に軍艦島など『明治産業革命遺産』[明治日本の産業革命遺産]をユネスコ世界文化遺産に登録するのに先頭に立ったこの右翼団体[一般財団法人 産業遺産国民会議]が作った映像の題名は『誰が歴史を捏造しているのか』。国立博物館が開館して2年が経っても『偽写真』を選り分けることができなくて“捏造犯”として恥をかいたのだ

◇政府KTVも『強制動員偽写真』で恥

問題は、この『偽写真』が政府が作った映像で日帝の蛮行を示す代表的な証拠として引き続き流通しているという事実だ

先月末、文化体育観光部所属『KTV国民放送』[国政関連番組を放送する国営放送]は、『日本によって強行された強制徴用』という題名の4分映像を送出した。英語の字幕まで入れたこの映像には、強制動員歴史館に展示されて撤去した『偽写真』が出てくる

1926年の旭川新聞に掲載された日本人労働者の写真は、今年、小学校6学年の社会科国定教科書に朝鮮人被害者の写真として載せられた

強制動員事例と誤って知らされた資料はまだある。徴用被害者が炭鉱の合宿所の壁に書いたという「お母さん会いたい」「腹が減った」と書かれた壁の写真だ。この落書きは、日帝の蛮行とは関係がない“操作”写真だ。朝鮮総連傘下団体[在日本朝鮮文学芸術家同盟]が1965年、映画『乙巳年の売国奴』を撮影しながら演出したものだ。福岡の豊州[筑豊?]炭鉱村の合宿所を撮影中に、あるスタッフが壁に落書きを刻んだという。この事実も日本の西日本新聞が2000年に取材を通じて明らかにした[2000年1月3日付]この写真が操作されたという事実は国内にも10年余り前に知らされたが依然としてよく目につく。メディアの粗末な取材と検証も偽写真の氾濫を助長する。報道・ドキュメンタリーなど放送はもちろん、本紙を含め、各種メディアに『偽写真』が載せられた。

※参考
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①文体部所属KTVが最近送出した『強制動員』映像。朝鮮人強制動員被害者として紹介されたが、1926年に北海道で奴隷労働で苦しめられた日本人と明らかになった。②あるTVドキュメンタリーで朝鮮人徴用被害者が書いたと紹介された落書き。1965年に朝鮮総連傘下団体が映画の撮影途中に操作した落書きと確認された。③日本右翼団体『産業遺産国民会議』が掲載した映像に出てきた国立日帝強制動員歴史館の追慕塔。下にある徴用被害者として紹介された写真は日本人たちと明らかになって昨年交換された。
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◇根拠足りない『一方的』主張まで

『偽写真』だけが問題ではない。政府と学界は「日帝蛮行を批判する」として根拠が足りなかったり、無理な主張をする。北東アジア歴史財団は先週、国史編纂委員会、韓国学中央研究院と共に『日帝植民地被害の実態と課題』シンポジウムを開いたこの席で「日帝が強制動員朝鮮人の性欲を抑制するために注射を打った」という発表が出てきた発表者に根拠を聞いたところ、2006年に発刊された強制動員被害者証言集の中で1人がそのような証言を残したのがすべてであった。『性欲抑制注射説』は交錯確認を几帳面に経なければならない敏感な事案だ。政府主管のシンポジウムで、どうしてこのような主張が検証なしに取り上げられるのか。

釜山の日帝強制動員歴史館も同じだ。歴史館は今年、屋外階段を整備して案内文を付けた

「日本帝国主義は強制的に動員された朝鮮人男性たちを相手に身体検査を行い、日本海軍特警隊が日本軍性奴隷調達の責任を引き受けて道路で手当たり次第に女性を逮捕…慰安所に入れた。」

朝鮮人慰安婦被害者が軍人に道路で狩猟されるように捕まって行ったものと誤認するほどである。しかし、海軍特警隊が『街頭狩り』をしたという所は日本軍占領地域だったオランダ領西ボルネオだ。[岡島利耆]植民地朝鮮で軍人が慰安婦を集めて行ったという資料は殆どない。もちろん、軍・警察が連行しなかったというのが強制動員を否定する証拠にはならない。学界では人身売買でも就職詐欺でも被害者の意思に反して連行されたとすれば強制動員と見ている。

日帝強制動員歴史館はまた「植民地の若い女性を慰安所に監禁して…動員された人員は40万人以上と推定される」と書いた。学界では慰安婦被害者を最大『20万人』と見る見解が優勢だ。北東アジア歴史財団は韓国語・英語のホームページで慰安婦の数を8万~20万人と紹介している。日本人と中国人、東南アジア人まであわせた数字だ。ところが、強制動員歴史館は朝鮮人慰安婦被害者が40万人以上のように誤認しかねないように書いた。

総理傘下の強制動員被害調査委員会で11年間、調査課長として働いたチョン・ヘギョン博士は、最近出した本『日本のアジア・太平洋戦争と朝鮮人強制動員』で、このように批判した。「海外の学界では、韓国の学者が研究者なのか活動家なのか見分けが難しいという先入観を持っている。韓国の学者が均衡感ある研究成果を出せないのではないかという気がしている。」

彼は「事実を几帳面に確認しない研究者の怠惰と、日帝の蛮行だけ浮き彫りにする活動家の意欲がかみ合わさって、『偽写真』と『統計水増し』が消えない」とした。

日帝被害だけ浮き彫りにすれば良いという安易な姿勢は、日本の過去史否定論者に逆利用されやすい。歴史を検証する時はささいなことでも虚偽を容認してはいけない。日本さえ殴れれば目をつぶる沈黙のカルテルは克日を遮る『私たちの中の敵』だ。(機械翻訳 若干修正)