(日本経済新聞 2019/08/09)

編集委員 高坂哲郎

日本政府による韓国向け輸出規制強化に対し、韓国側の反発が続いている。ただ、輸出管理の実務を担う日本の関係者の間では「日本から韓国への輸出量が大きく変動するような事態は常識的に考えて起こりえない」として、事実に基づかない過剰反応は無用だとの声が上がる。韓国が今、目を向けた方がよいのは「輸出品の最終的な目的地を明示する」という輸出管理の基本中の基本が同国内で徹底されておらず、今後も徹底される保証がないということだ。事態を放置すれば、兵器製造にも転用できる軍民両用物資が韓国を経由して懸念国に迂回輸出される事例がいずれ明るみに出て、世界的な問題になりかねない。

■「遠からず輸出は動き出す」とプロは確信

「制度がよく理解されていなかったために誤解が広がり、韓国に加え日本の一部にも過剰反応を引き起こした」。日本の輸出管理の実務に長く携わってきた関係者は目下の「日韓輸出管理摩擦」をこう分析する

今回、日本政府は韓国側の貿易実務の現場でいくつかの不適切な事例があったとして、半導体材料3品目の輸出管理の厳格化(7月4日開始)と、輸出管理上の優遇措置適用における韓国の格下げ(8月28日開始)という2つの措置に踏み切った。これに韓国は強く反発したわけだが、その多くは誤解に基づいている。

そもそも輸出管理が行われているのは、軍民両用の物資が表向きは民生品の製造に用いられると説明されながら、実は兵器製造に転用されるという事態を未然に防ぐためだ。その際、最も重要になるのは「その物資の最終的な需要者(エンドユーザー)は誰か」という点になる。日本や米国、欧州諸国などの政府機関は、北朝鮮をはじめとする懸念国や国際テロ組織などが一般企業を偽装した貿易会社などを使って軍民両用物資を入手しようとしているといった「懸念情報」を交換・共有しており、当局はそれらの情報と個々の取引を照合して輸出許可の合否を判定している。

ただ「懸念あり」と判定される取引は全体の中ではごくごく一部であり、懸念がない限り許可は速やかに下りる。事実、日本政府は8日、3品目の1つであるレジストについて、輸出管理を厳格にした後としては初めて「懸念なし」と判断し、1つの輸出案件に許可を出したことを明らかにした。

日本政府が輸出規制の優遇カテゴリーのうち、最上位の「グループA(旧称ホワイト国)」から「グループB」に韓国を格下げすると決めたことにも同国は強く反発している。このカテゴリーでは台湾は韓国よりも下の「グループC」だが、日台間では貿易は円滑に実施されており、「日本が輸出管理面で我々を冷遇し、貿易を妨害している」と台湾が反発しているという話も聞かない。日台間の取引のほとんどについて日本の当局が「懸念なし」との判定を速やかに出しているためだ

「日韓間でも遠からず輸出は動き出す。韓国側の猛反発は一体なんだったのだろうという話になるだろう」と日本の輸出管理界の重鎮の一人は確信に満ちた表情で語る。

■フッ化水素、韓国企業が中国工場に再輸出

今回、日本政府が韓国向け輸出管理強化に乗り出したきっかけの一つとして、ある日本企業が「韓国内で使われる」との韓国企業の言い分をうのみにして短期間のうちに慌てて輸出した物資(フッ化水素)が、実は韓国側のグループ企業の中国工場に再輸出されていたという一件があった。最終的な目的地を偽ったり、意図的にぼかしたりして取引することを「迂回輸出」という。北朝鮮傘下の偽装貿易会社などが頻繁に使う手口で、輸出管理の世界では最も問題視される。中国は北朝鮮の迂回輸出の中継地点としてしばしば利用されており、日本の当局がこれを問題視するのは当然だ。

しかし、今回の日韓の輸出管理を巡る摩擦を通じてわかったのは、韓国が迂回輸出を重大な問題とはみていなかったということだ。フッ化水素という化学兵器サリンの製造工程にも使える物質を、出荷元の日本企業に黙って中国に再輸出していたにもかかわらず、「同じ韓国のグループ企業間の取引だから問題ないだろう」といった程度の感覚で韓国側はいたのだこれでは輸出管理に取り組むそもそもの理由を韓国が理解していないことになる

今回問題視された、日本から韓国経由で中国に渡ったフッ化水素は全量が正規の製品製造に用いられたことが確認されたため、経済産業省が出荷元の日本企業に出した処分は「厳重注意」のレベルで済んだとみられる。ただ、もしも先々、韓国経由で再輸出された軍民両用物資が、通常兵器や大量破壊兵器の製造に流用される事態が明るみに出れば、関係する日韓企業や韓国の輸出規制当局は、日本のみならず米欧など多くの国々から非難されることになる。

■韓国は警告を生かせるか

輸出管理という営みは、家庭における「火の用心」と似ている。火の不始末で火事を起こせば自宅が燃えてしまうだけでなく、近隣の家にも火が広がって町全体を灰にしてしまう。企業や政府当局が輸出管理を怠れば、最悪の場合、企業経営に大きな実害をもたらし、国の評判を落とし、兵器を拡散させて世界を不安定にする。個人でも国家でも大事なのは、不適切な行いをして周囲から注意も受けた後、自らの行動をいかに改めるかということだろう。今回、日本政府は自国企業とともに韓国にも警告を発し、改善を促した。韓国は日本の警告にいかに向き合うだろうか。