(朝鮮日報 2019/06/15)

社会政策部=金秀恵(キム・スへ)次長

 今年10月に徳仁日王(原文ママ、以下同じ)の公式即位式「即位礼正殿の儀」が行われる。日本政府は韓国・米国・中国など195カ国の首脳を招待することにした。文在寅(ムン・ジェイン)大統領もその1人だ。

 文大統領がその式に出席するからと言って「親日派」だとなじる韓国人はいない。文大統領は今年4月、既に1回、日王を天皇と呼び、即位を祝う手紙を送っている

 常識的な韓国人はその手紙を問題視しなかった。歴史問題とは別に、今の韓日は米国を間に挟んで手を取り合う間接的な同盟国だ。韓国の安全保障は韓米同盟なしには不可能だし、韓米同盟は日米同盟なしには機能しない。

 文大統領はそういう国の実権のない君主に、韓国人を代表して国益のため、慣例に基づきその国の呼称を使って礼儀を示した。金大中(キム・デジュン)元大統領や盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領もそうだった。文大統領が日王という言葉を使っていたら、それはかえって意味のない外交惨事になっていただろう。

 日王は最近30年間で新たに生まれた韓国語だ。北東アジア歴史財団韓日歴史問題研究所のナム・サング所長は「世界の中でも韓国だけで使われている言葉だ」と話す。米国でも中国でも台湾でも東南アジアでも使わない。タイは自国の王には「ガサット(王)」という言葉を、日王には「ジャッグラパット(皇帝)」という言葉を使う。

 日本共産党は2004年まで君主制廃止を党の綱領に明記していた。今も「情勢が熟した時に国民の意に沿って存廃を解決すべき対象だ」としている。彼らも「天皇制は問題だ」とは言っているが、「日王制は問題だ」とは言っていない。漢字で表記しない限り、日本人は「日王(にちおう)」という言葉を聞き取れないし、意味も分からない。

 一世代前までは韓国人も日王を天皇と呼んでいた。そう呼んでいた時代だからと言って、愛国心が不足していたわけではない。日本による植民地統治を身をもって経験した人は、現代よりも当時の方が多かった。植民地支配時代に日王の馬車に爆弾を投げた(桜田門事件)独立運動家・李奉昌(イ・ボンチャン)=1900-32年=も、これを指示した金九(キム・グ)に会った時、「独立運動をすると言いながら、なぜ天皇を殺さないのか?」とは尋ねたが、「なぜ日王を殺さないのか?」とは言わなかった。

 日王という言葉は1989年前後に広まり始めた。独島(日本名:竹島)問題、慰安婦問題、教科書歪曲(わいきょく)問題が相次いで浮上した時期だった

 初期には天皇という言葉も使われていたが、徐々に日王の方が天皇より多くなった。ただし、よく見ると、このような変化は必ずしも普遍的ではなかった

 今も韓国人の大多数は日常で日王よりも天皇という言葉の方をよく使う。左派であれ右派であれ専門家の大多数も論文を書いたり討論をしたりする時、天皇とは言うが日王とは言わない

 韓国の歴代政権もずっと天皇という言葉を使ってきた。1998年、当時の朴智元(パク・チウォン)大統領府報道官は「相手国の呼称をそのまま使って呼ぶのが慣例だ」と見解を整理した。盧武鉉元大統領は2003年、当時の日王(現:上皇)と会い、「天皇におかれましては歴史に造詣が深いとうかがっております」と語った。

 ソウル大学のパク・チョルヒ教授は「日王という単語は、正確に言えば『メディア用語』だ」と話す。この言葉は学者が論文を書く時に使う言葉でも、外交官が外交をする時に使う言葉でもない。韓国人が日本人と話す時に使う言葉でもなく、韓国人同士が韓国語で韓国メディアに文を書く時、「私は親日派ではない」ことを示す時の言葉だ

 韓国人にとって、天皇はつらい記憶を呼び起こす言葉だし、話にならない言葉でもある。一国の君主が王(king)であり、複数の王を従えた君主が皇帝(emperor)だ。日本は20世紀初頭の数十年間を除き、帝国だったこともないのに、古代から自分たちの君主を天皇と呼んできた。

 それでも、真摯(しんし)に考えなければならない時が来た。大統領は日王を天皇と呼ぶのに、メディアは天皇を日王と書く。おかしいくはないだろうか


同記者が日本特派員時代に書いた記事↓

2016年07月25日