(朝日新聞 2019/06/10 08:23)

 刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にする香港政府の「逃亡犯条例」改正案に反対する大規模なデモが9日、香港であった。主催した民主派団体によると、2014年の民主化デモ「雨傘運動」以降最多の約103万人(警察発表は24万人)が参加。条例案をめぐり中国政府が香港政府への支持を表明してから初の大型デモで、中国政府に市民が「ノー」を突きつけた形となった。デモ隊の一部が暴徒化し、警察と立法会(議会)の敷地内などで衝突し、警察官ら4人が負傷した。

 「中国への引き渡しに反対」「林鄭月娥行政長官は辞任せよ」。デモ隊は声を上げながら、改正案を審議する立法会(議会)までの約3キロを行進した。

 改正案をめぐるデモは3月、4月に続いて3回目。参加者は1回目1・2万人(警察発表5200人)、2回目13万人(同2万2800人)で、今回はひときわ多い

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▲香港の逃亡犯条例改正案に反対するデモ行進で、路上を埋め尽くす市民ら。道路の中央は路面電車の電停の屋根=2019年6月9日、香港、益満雄一郎撮影

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▲逃亡犯条例改正案に反対するデモ行進で、ゴールの立法会(議会)に到着した市民ら=2019年6月9日、香港、益満雄一郎撮影

 背景には、香港の高度な自治を保障する「一国二制度」が揺らぎ、香港が自由で安全な都市でなくなるとの市民の危機感がある。

 香港は透明性が高い司法制度が確立している一方、中国本土では司法機関が共産党の指導下に置かれている。条例が恣意(しい)的に運用されれば、民主活動家らが中国に引き渡され、中国を批判する集会も香港で開けなくなるといった不安が共有されている

 デモ隊には若者の姿が目立った。5年前に雨傘運動による政治改革が失敗後、若者は香港の民主化が優先だと主張。中国本土の民主化を掲げてきた中高年層と対立し、民主派の運動から遠ざかっていた。

 ところが、今回は民主派内の各団体が足並みをそろえ、SNSなどを駆使して積極的にデモへの参加を呼びかけた。雨傘運動で活動した元学生団体幹部の羅冠聡氏は「社会の雰囲気が雨傘運動の直前の状況に似てきた」と語る。

 改正案が可決されれば、香港で暮らす外国人も中国本土に引き渡されるリスクがある。経済界には、海外から香港への投資が減り、ビジネスに悪影響が出かねないとの懸念があり、デモ参加者を押し上げたとみられる。

 デモ行進は9日夜に終わったが、若者を中心に数千人規模の参加者が立法会の敷地内や付近の路上に座り込んだ。その一部が10日未明に警察と衝突。立法会の鉄柵をなぎ倒して、警察に投げつけた。一方、警察も催涙スプレーを発射して応じた。警察によると、警察官3人と撮影していたカメラマン1人が負傷した

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▲香港立法会で鉄柵を投げつけて警察と衝突するデモ隊の参加者=2019年6月10日未明、益満雄一郎撮影

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▲香港立法会で警察に催涙スプレーをかけられ、デモ隊の参加者に抱きかかえられる男性(中央)=2019年6月10日未明、益満雄一郎撮影

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▲香港立法会で警察と衝突したデモ隊の参加者が投げつけた鉄柵の山=2019年6月10日未明、益満雄一郎撮影

 警察は立法会を封鎖してデモ隊を排除したが、一部の参加者が周辺の幹線道路にとどまり、警察とにらみあったまま夜を明かした

■中国政府は強硬姿勢 今後は中国政府の対応がカギを握る。

 中国政府は当初、「一国二制度への介入」との批判を招くことを警戒し、表向き距離を置いていた。しかし香港政府と民主派の対立が長引くと、香港政府への「完全支持」(韓正副首相)を表明。香港の民主派とぶつかり合う構図となった。

 97年に英国から中国に返還後、香港では今回を除いて3回、中国が指示した政策への大規模な反対運動が起きている

 1回目は03年で、香港政府は国家分裂などにつながる動きを禁じる国家安全条例の制定を目指したが、50万人規模のデモに発展し、撤回に追い込まれた。2回目は12年で、愛国心を育てる国民教育科の導入が、中高校生などの反対を受けて見送られた。いずれも当時の中国政府のトップは胡錦濤(フーチンタオ)国家主席だった。

 13年に習近平(シーチンピン)国家主席が就任すると強硬姿勢に一変した3回目の雨傘運動の際は、香港政府は民主的な行政長官選挙を求める要求に応じなかった。民主化の動きが中国本土に飛び火することを警戒した中国政府から圧力を受けていたとされる

 香港政府は9日、「各方面から意見を聞き、冷静な討論を通して懸念を取り除いていく」とする声明を発表し、従来通り、今夏までの可決を目指す方針を明らかにした

香港浸会大の呂秉権・高級講師は今後について「最終決定権はもはや香港政府にはなく、中央にある。香港は中央に従わなければならない、という習氏の考えは非常に強固だ」
と述べ、中国政府から譲歩を引き出すのは容易ではないとの見方を示した。(香港=益満雄一郎)
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〈香港の逃亡犯条例改正案〉

 昨年、香港人の男が台湾で殺人事件を起こした後、香港に逃げ帰り、台湾当局の訴追を免れたことをめぐり、香港政府は容疑者を台湾に引き渡せるよう、「中国側には容疑者を引き渡さない」としている規定を削除する改正案を公表した。香港から台湾だけでなく中国本土やマカオへの引き渡しも可能にする内容。


(ブルームバーグ 2019/06/10)

(略)香港政府は5月末に引き渡し法案の改正案を提示。中国本土、マカオと台湾への容疑者引き渡しを認めるが、7年以上の刑期を伴う最も重い犯罪容疑に対してのみ適用される内容となった。デモの前に政府が発表した文書によると、政治犯に対しては適用できず、異議の封殺や言論の自由を制限する目的には使えないとしている。香港政府は7月の立法期間が終了するまでに改正案を成立させようとしており、審問は6月12日に再開予定。


条例案が出たきっかけがきっかけだけに、“本土派”は「待ってました」とほくそ笑んで条例改正を進めているんでしょうね。