(デイリータッチニュース24 韓国語 2019/05/09)

・大田高法に嘆願書提出...「瑞山市民の懐に」
・信徒、9日に大田法院で記者会見開き、早急な裁判開始要求

メン・ジョンホ(孟井鎬)忠清南道瑞山市長が、法院[裁判所]が浮石寺の所有と認定した金銅観音菩薩坐像(以下、仏像)(観世音菩薩坐像)浮石寺への返還を公式に要求した。

メン市長は、大韓仏教曹渓宗浮石寺が大韓民国を相手に起こした浮石寺仏像有体動産引き渡し民事訴訟と関連し、控訴審法院である大田高法[高裁]第1民事部にこのような内容を入れた嘆願書を提出したと9日、明らかにした。

原告である浮石寺弁護人(法務法人ウジョン)を通じて法院に嘆願書を提出したメン市長は、この日午後の記者との通話で「仏像を製作して祀っていた所が瑞山浮石寺であることが明らかになった」としながら「文化財は本来元の席にある時に価値があるだけに、国家間の外交問題があっても、世界的に通用している文化財の元の席を探すことの一環で、仏像は浮石寺で祀られなければならない」と述べた

メン市長はまた「盗掘屋が日本から持って来たが、仏像が日本に行ったのも略奪によるという評価が多い状況で、十分に主張するほどの事案だと考える」としながら嘆願書を提出した背景を説明した。
※盗掘ではなく観音寺からの窃盗です。

メン市長は嘆願書を通じても「浮石寺にあった仏像が一日も早く元の席である浮石寺に戻って安置されることを願う」としながら「仏像は1330年2月、高麗瑞山の民衆32人が身分と階層を越え、信仰の結社体として作り、これは結縁文にちゃんと出ている」と主張した。

それと共に「仏像は瑞山市民に特別な存在であり、2012年の窃盗事件以前から瑞山市民は仏像を迎え入れようと努力を尽くしてきた。今も八十の年配の方から育つ未来世代まで、対馬はもちろんソウル、大田、釜山を厭わず、仏像と関連した事項があるたびに訪ねて行く」とし「それでも被告(大韓民国政府)は仏像の同一性と結縁文の真正性に疑問を提起して控訴した」と指摘した。

メン市長は「控訴審の裁判が遅れ、最も大きな心配は仏像の毀損問題だが、仏像は裁判中のため何の保存措置を受けることができず、腐食が激しくなっている」とし「650年ぶりに帰ってきた仏像が、故郷である浮石寺には来ることもできず、瑞山市民の懐から遠ざかる恐れと遺憾で嘆願書を書いただけに、早急な期間内に仏像が瑞山市民の懐に帰ってくることを希望する」と説明した。

浮石寺信徒で構成された『瑞山浮石寺金銅観世音菩薩坐像元の席奉安委員会』会員たちは、この日午後、大田法院記者室で記者会見を行い、控訴審の裁判開始を要求した。

これらは記者会見文を通じて「(仏像は)2012年10月、対馬から国内に搬入されて以来、7年余りの歳月が流れた」とし「2013年2月の大田地方法院[地裁]の仮処分決定[韓国政府による移転禁止]と2017年1月の原告勝訴[韓国政府に対して浮石寺への引き渡し]と司法府が原告浮石寺の手をあげたが、仏像は依然として瑞山市民と浮石寺の懐に戻ってきていない」と不満を吐露した。

引き続き「控訴審が進行中であるためだが、しかし控訴審裁判はとめどなく遅滞している」としながら「2017年1月26日の原告勝訴に、被告は直ちに反発して控訴と仮執行仮処分申請をした後、仮処分が認容されて以降、2年3か月余りが過ぎたほど、過度に遅滞している」と明らかにした。

信徒は「去る2月、既存の裁判部から新しい裁判部が構成されたので、こうして早急な裁判を促す」として法院に要求事項を伝えた。

一方、大田地方法院第12民事部(裁判長ムン・ポギョン部長判事)は、去る2017年1月26日、大韓仏教曹渓宗浮石寺が政府を相手に起こした有体動産引き渡し訴訟で「被告は原告に仏像を引き渡しなさい」と原告勝訴の判決を下し、仏像は浮石寺に移されるようだった。しかし、政府に代わって訴訟を実行中である検察が法院に控訴状を提出しながら、同時に仏像引き渡し強制執行停止申請を出した。

大田地方法院民事13部が検察の要求を受け入れ、仏像は浮石寺でなく大田にある文化財庁傘下国立文化財研究所で保管されている。

検察の控訴で進められている控訴審は、去る2017年1月31日、大田高裁第1民事部に割り当てされたが、去る1月18日の弁論準備期日が終結した後、どういうことなのか裁判手続きが中断された状態だ。(機械翻訳 若干修正)