(朝日新聞 2019/05/06)

 国際社会の経済制裁に苦しむ北朝鮮が、制裁にかからない範囲での外貨稼ぎを中国で活発化させている。米国との非核化交渉が進まず、頼りの中国も国連を尊重する姿勢を崩さないなか、「あの手この手」で少額でも稼ごうとしている

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 北朝鮮との国境の街、中国遼寧省丹東市。この街で今年に入って目立つようになったのが、「つけまつげ かつら」と朝鮮語で書かれた広告看板だ。製造を請け負うと、北朝鮮企業が中国側に宣伝しているのだ

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▲「つけまつげ 製造工場 求む」などと書かれた朝鮮語の広告=2019年2月、中国・遼寧省丹東市、平井良和撮影

 「これまでの仕事ができず、数千人の人手が余っている」。中朝貿易の関係者は昨秋、北朝鮮の電子部品工場の経営者からこう泣きつかれ、つけまつげを発注してくれる中国企業の紹介を頼まれたという

 つけまつげなどの毛髪加工品は、制裁下の北朝鮮の主力輸出品となっている。毛髪加工品づくりは繊細さと根気が必要で、北朝鮮の「得意分野」。日本への輸出ルートを持つ中国企業もあるため、日本語の説明付きの見本品を見せる業者もいたという

 つけまつげ広告の増加の背景にあるのが制裁だ。

 中国は北朝鮮の対外貿易の9割を占める「お得意様」だが、中国税関総署の統計によると、2018年の北朝鮮の対中輸出額は前年比で88%減に。国連などの制裁で、主要輸出品だった石炭や繊維製品の取引がほぼなくなったためだ。

 残る主力は制裁対象ではない手工品今年2月の輸出総額約1796万ドル(約20億円)の中で、毛髪加工品は約240万ドル(約2億7千万円)と1割を超え、前年比で約2倍に伸びた

 単価が安く、もうけは少ないが「今はこれしかない」。中朝貿易関係者によると、北朝鮮の業者はそうこぼしていたという。

 両国の文化交流も、外貨稼ぎに活用されている。

 3月、瀋陽市で中国在住の北朝鮮人の組織「駐中国朝鮮人総連」が中国の少数民族・朝鮮族の民族学校の校長らを招いて初めて交流会を開いた。同席して歓待したのは伝統音楽が得意な北朝鮮の芸術団員だった。

 文化交流の活発化は、昨春に金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が訪中して習近平(シーチンピン)国家主席と会談して以降、両国政府の「お墨付き」の動き。この交流会では、芸術団が市内で開く1時間50元(約800円)ほどの歌や踊りの教室を宣伝し、子どもへの紹介を頼んだ。中朝関係筋は「少額でも『やれることはすべてやる』との意思の表れだ」と話す。

 瀋陽市内の北朝鮮レストランでは、キムチの販売を宣伝するなど従来はなかった営業努力がみられる。(瀋陽=平井良和)

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▲北朝鮮レストランや音楽教室などのちらし=平井良和撮影

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▲瀋陽市内の北朝鮮レストラン。一時閉店していたが、経営者が代わって再開された=中国・瀋陽市、平井良和撮影

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▲瀋陽市内の北朝鮮レストラン。毎朝、開店前に従業員が店先で音楽に合わせて踊りを披露する=平井良和撮影

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■「制裁強化の影響さらに」

 「経済制裁によって北朝鮮が受けている苦痛は、私たちが考えるより大きいはずだ」。北朝鮮との経済交流に長く携わる韓国政府関係者は、こう語る。

 北朝鮮の経済を読み解くキーワードのひとつが「外貨」だ。

 北朝鮮ではここ数年、体制を支えるエリート層が住む平壌に高層マンションやコンビニができ、食品などの国産品が増えた。政府公認のものだけで全国に約460カ所あるといわれる市場(いちば)も活性化している。

 こうした活況ぶりは、流入した外貨が経済のなかで好循環をもたらした結果とみられており、外貨は国の統治や人々の暮らしに欠かせなくなっていた

 ところが、ミサイル発射や核実験を受け、国連は2016年から制裁を強化。石炭などの鉱物資源や海産物の北朝鮮からの輸出と、加盟国が北朝鮮労働者を新規に受け入れることを原則禁じた。これらによって、北朝鮮が外貨を得る重要な手段が奪われた。

 制裁強化から2年以上がたち、韓国の北朝鮮専門家は「これから影響が本格化する」とみる北朝鮮が中国で、制裁に引っかからない事業に力を入れるのも、外貨をなんとか得ようとしているためだ

 外貨が減れば、ドルと自国通貨を交換する実勢レートが変動するはずだが、最近では1ドル=8100ウォン前後で安定している。北朝鮮経済が専門の韓国のIBK企業銀行の曺奉鉉・研究委員は「体制が統治のために蓄えている資金を市中に出すことで、なんとか安定を保っているのではないか」と分析する。(ソウル=神谷毅)