(ソウル新聞 韓国語 2019/04/01)

「言語は考えを入れる器であり、社会的約束であって真理ではありません。考えが大きくなって器に入れることができないなら、器を変えれば良いです。選択の問題だと考えます。」

シン・ジヨン(52)高麗大学国語国文学科教授が昨年11月に出版した『言語の綱引き』で、私たちの社会で通用する言葉と呼称の変化を話題として投げた。言語表現の後ろに隠れた意味を研究してきた国語・言語学者は「無条件に変えようというのではなく、悩んでみて、一度も経験していない議論の過程を持とうという提案」と述べた。

人々は慣れているもの変えることに拒否感を持つ。習慣化すれば質問さえしなくなる。さらに、家族関係の呼称は“伝統”と連係しており論議が大きくなることもある。シン教授は「伝統に対する反発という接近は、本質を十分に把握できていない問題提起であり、言語が正しい、誤っているの対象ではない」としながら「誰でも使う言語ではなく、聞く人が不快でなく、考えを正確に伝えることができる適切な言葉を使わなければならない」と強調した。次は一問一答。
(略)

‐民主主義毀損単語として『大統領』を挙げた。

「アメリカの『プレジデント』(President)は封建主義的な世界観から脱し、民主主義制度で選んだ国家の代表者に対する呼称で『会議を主宰する人』を意味する。ところが、日本で封建主義的な世界観を入れて大統領を『大きく従えて治める人』と翻訳した。大統領は封建主義的なイデオロギーが込められた表現だ。王は統治者で民は統治の対象である。日本は王が存在する国だが、大韓民国は民主共和国だ。主権者である国民が選出した代表者を大統領と呼ぶのは民主主義精神に反する。さらに、大統領は日帝残滓で醇化対象だ。“代替呼称”を深刻に考える必要がある。」
※醇化(純化):国語醇化。混じりけのない国語を目指して、外来語を排除し、自国固有の言葉に置き換えること
(略)

‐言語は『社会的約束』であるが変える事は容易ではないようだ。

「社会的約束は固定不変の真理や金科玉条ではなく、不可侵の聖域でもない。言語は社会構成員間が合意をすればいつでも変えることができる。反面、合意なしには絶対に変えることができないものでもある。言語変化の方向と速度は全面的に言語使用者の意識水準にかかっている。日帝残滓清算の一環として、1996年に“皇国臣民の学校”という意を持っている『国民学校』が『初等学校』に名前が変更された。反対と論議があったが、すぐに慣れた。言語が持つ問題は言語自体ではなく、使用者の意識水準という痛い結論に至ることになる。」
(略)

■シン・ジヨン教授とは

言語の世界を探険して挑戦を恐れない“言語探検家”だ。1967年にソウルで生まれ、国語学者になるために高麗大学国文科に進学、博士過程修了後、ロンドン大学で話声の方法を勉強した。帰国後、音声工学と言語病理学に領域を拡張し、2003年に母校の国文科初の女性教授として任用された。(略)(機械翻訳 若干修正)


今まで何度か主張する人が出てきましたが、なぜか大きな話題にはならないんですよね。

どんな候補が出てくるか楽しみにしているのにね。