(朝鮮新報 2019/03/29)朝鮮総連の機関紙です。

ベトナム・ハノイでの第2回朝米首脳会談で、朝鮮側は次のような案を提示した。

米国側が、16~17年に国連安全保障理事会で採択された制裁決議5件のうち、民需経済と人民生活に支障を与える項目を解除したら、朝鮮側は、寧辺地区のプルトニウムとウランを含む全ての核物質生産施設を米国の専門家の立ち会いの下、両国の技術者の共同作業で永久的に完全に廃棄するというものだ。

朝鮮が科されている制裁は数そのものも多く分野も多岐にわたるが、今回の会談では軍事分野や米国独自の制裁には触れていない。李容浩朝鮮外相はこれを「現実的な提案」としている。

◇すべての分野を制限

国連安保理による対朝鮮制裁決議は06年7月から17年12月まで11回に及ぶ。

制裁の内容を見ると、人民生活に必要な物資から始まり、主要工場の設備や先端技術に至るまで、2重用途という理由でほとんどすべての分野で取引を制限・禁止している。

とくに16年3月から17年12月までの間に採択された制裁決議は、核・ミサイル開発とは無関係である石炭、石油、繊維など民需経済と人民生活に支障を与える項目にまで拡大した。第2270号(16年3月2日)、第2321号(16年11月30日)、安保理決議 第2371号(2017年8月5日)、第2375号(2017年9月12日)、第2397号(17年12月22日)などだ。

これらは、朝鮮に豊富な石炭や鉄、鉄鉱石などの鉱物資源や、繊維製品、海産物、機械、電気機器、木材などを朝鮮から加盟国が輸入することを禁止し、朝鮮には、ガソリンや灯油など石油精製品の輸出に上限を科している。

国連安保理による対朝鮮制裁は、北南交流協力事業に支障をきたしているばかりか、今年9月に予定されていた世界保健機関(WHO)東南アジア地域総会を、電子設備の搬入禁止などの措置によって朝鮮で開催できなる[ママ]という異常事態が発生している。

◇建国の翌年から制裁

朝鮮が科されているのは国連安保理による制裁だけではない。

歴史的に見ると、建国の翌年から米国による制裁がなかった時期がない

米国は49年11月に「ココム(対共産圏輸出統制委員会)」を立ち上げ、他の社会主義諸国と共に朝鮮への軍事技術・戦略物資の輸出規制を行ってきた。朝鮮戦争勃発から3日目後の50年6月28日、「輸出統制法」を通じて朝鮮に対する輸出を全面禁止し、同年12月17日、「敵性国貿易法」によって資産凍結、貿易と投資、金融取引、運送を中止した。

また米国は88年1月20日に朝鮮を「テロ支援国家」に指定し、「輸出管理」「対外支援法」「武器輸出統制法」「国際金融機関法」などあらゆる制裁法を適用した。これらの法は互いに補完する関係にあり、この中の一つを解除したとしても無意味なものになっている

実際に、米国が6者会談の合意に沿って08年10月11日、朝鮮を「テロ支援国家」のリストから削除したが、数多くの国内法によって3重4重に制裁していることによって、実質的に解除された制裁はなかった

朝鮮はこのような過重な制裁と封鎖の中でも、自立的民族経済を発展させ一心団結と自力更生をもって万難を超え社会主義強国建設に向けて邁進してきた

90年代に社会主義諸国が崩壊した後、使命を終えた「ココム」に代わって「ワッセナー協約」が96年7月に発効されたり、00年代から国連による制裁が強化されても、朝鮮が崩壊することもなかったし、自主の路線を変えることもなかった。むしろ、自力更生の威力が増し、国内経済は活気づいている

朝鮮各地に国産化の風が吹き、黎明通りや未来科学者通りなどの雄大な街が建設され、現代的な文化娯楽施設も立ち並んだ。現在は三池淵郡や元山葛麻海岸観光地区などの大規模建設が力強く推し進められている。

朝鮮半島核問題が米国の敵視政策の産物であるということを鑑みれば、米国が朝鮮に対する敵視政策を放棄してこそ問題解決が可能になる

朝鮮は、経済制裁という敵対行為をやめることが米国の関係改善意志を測る試金石だと見ている

米国が制裁万能論から抜け出して、制裁に対する未練と朝鮮に対する敵対意識を捨て、新たな関係に乗り出すとき、朝米関係は大きな一歩を踏み出すことができる。


昨年初めに話題になっていた『鼻血作戦(bloody nose strategy)』(アメリカの制限的な対北朝鮮先制打撃)を実行に踏み切らなかったのは、結局、そこがトランプ大統領の限界なのかもしれませんね。