(ソウル新聞 韓国語 2019/03/29)

オ・イルマン編集局副局長

歴史というのは民族のアイデンティティをつなぐ根である。過去の歴史は現在の私たちをつくり、過去と現在が集まって未来の歴史を創造していく理致だ。丹斎シン・チェホ(申采浩)の言葉のように、歴史は民族の魂であり根であるため、歪曲された歴史は国家の存立すら危うくしかねない

その代表的なものが『親日派』らが行った近現代史の歴史歪曲だ。変身にたけており、大勢の動きに敏感なこれら親日派は、解放後に反共闘士に化けて独立活動家らと民族主義者を『パルゲンイ』[赤い人。アカ・共産主義者]として弾圧した。当時、解放空間[終戦直後から朝鮮戦争が勃発する50年6月までの期間]で息を殺していた親日派は、韓国社会に吹き荒れた『パルゲンイ打倒』雰囲気に便乗して出世街道を走った

代表的な例が義烈団を率いた若山キム・ウォンボン(金元鳳)と日帝悪質高等係刑事ノ・ドクスル(盧徳述)の事例だ。

日帝時代の親日派の民族反逆行為を調査・処罰するための『反民族行為特別調査委員会』(反民特委)が強制解散[1949年]された後、親日派の行動はより一層露骨になった。独立闘士が歯ぎしりしたノ・ドクスルは、当時イ・スンマン大統領から3つの武功勲章を受け、完璧な愛国者に化けた。

この頃、解放空間で夢陽ヨ・ウニョン(呂運亨)と共に左右合作運動の先頭に立ったキム・ウォンボンが、逆に親日派に調査を受けるとんでもない状況になったのだ。
※左右合作運動:米軍政庁統治下の南朝鮮において行なわれた中道左派勢力と中道右派勢力による新政府樹立に向けた政治運動(ウィキペディア)

臨時政府で活躍したチョン・ジョンファ(鄭靖和)女史の『政綱日記』に当時の状況が詳しく描写されている。「平生祖国光復に献身し、義烈団の義伯[団長]だった彼が悪質な倭警出身者に取り調べを受けて拷問を受けた。若山はまる3日泣きながら『解放された祖国で倭人の厄介にいつ死ぬかもしれない』と嘆いた。」

独立活動家時代に一度も捕まらなかった抗日運動の巨頭が、解放後、悪質親日警察出身にパルゲンイとされて拷問を受けたこと自体が歴史の悲劇だ

17歳の女子学生ユ・グァンスン(柳寛順)を拷問して殺したチョン・チュンヨン(鄭春永)(総督府の下級官吏)が解放後も何の処罰も受けていないのも同じ脈絡だ。悪質親日派を集めて反共闘士・愛国者として洗濯[ロンダリング]した人物がまさにイ・スンマン(李承晩)だ。

歴史の悲劇はこれに止まらない。関東軍憲兵教習所出身であるキム・チャンリョン(金昌龍)を見てみよう。満州国の憲兵補助員時代、満州抗日組織の逮捕で輝かしい功績を立てて憲兵伍長に特進した。解放後、故郷(咸鏡南道永興郡)[北朝鮮]で日帝に協力した戦犯として逮捕されて死刑宣告を受けたが、移送中に脱出して韓国に来た。共産主義清算に功績を立てた彼は、イ・スンマンの“養子”[比喩]として権力を専横し、1956年に軍反対派の手に処断されるが、葬儀は初の国軍葬で行われるほど愛国志士の待遇を受けた。イ・スンマンが直接墓主名となり、墓碑銘は親日歴史学者の巨頭であったイ・ビョンド(李丙焘)が書いた。イ・ビョンドは当時、墓碑に「ああ!このような変移があるだろうか。国の大きな損失だな。…その魂はギリ(永遠に)護国の神になるだろう」と記述した。

代表的な植民史観論者であるイ・ビョンドが反共闘士に変身した親日派キム・チャンリョンの墓碑銘を書いたことは、反共を護身術とした親日派の変身を象徴的に見せるものだ。調査報道専門紙であるニュースタパによれば、大韓民国政府樹立後、勲章と褒章を受けた親日人物は合計222人に達する。日帝強占期に親日の先頭に立った人物が、朝鮮戦争を経ながら『反共』を掲げて勲章を受け、愛国者に化けたのだ

親日派という言葉は元々1894年の甲午改革当時に日本が作った用語で、当時、朝鮮では土倭(土着倭寇)という言葉が広く通用された。『親日派』は私利私欲のために日帝侵略に協力したり、日帝を背に負って同族に危害を加えたり、国権奪還のための独立運動を妨害した者を総称する言葉だ。
※『親日派』が↑のような意味になったのは戦後

21世紀のグローバル時代、親日派清算が時代遅れという一部の主張もあるが、状況を皮相的に眺める短見に近い。大韓民国が抱えている最も大きな問題は、親日派をきちんと清算できなかったことと、まだその子孫が依然として主流の既得権を維持しているという点に問題の深刻性がある。売国と便法で築き上げた富と権力が2代、3代と続く状況で、社会正義を確立し、民族統合を成し遂げる価値観の確立にも否定的な影響を及ぼした。パク・クネ(朴槿恵)、イ・ミョンバク(李明博)政権を経ながら、共同体存立の大原則である『公正と正義』が無力化したのも別の見方をすれば当然の帰結だ。

さらに大きな問題は、これらが日本安倍政権の軍国主義を支持し、韓半島[朝鮮半島]冷戦解体に反対しているという点だ清算されなかった親日派の根が21世紀に極右保守勢力の温床になったこと自体が私たちの現代史の悲劇だ。(機械翻訳 若干修正)


 KBS『土着倭寇』語源検索にチョン・ウヨン「乙巳保護条約以降に使用」
(告発ニュースドットコム 韓国語 2019/03/20)

(略)チョン教授は「『土倭』を現代式に解いた言葉が『土着の倭寇』」とし「1910年の大韓毎日申報には『土倭天地』という文が載せられた」と紹介した。

土倭を『国を蝕んで民を病ませる人種』と規定し、次の通り分類したというのだ。

(1)浮き雲のような栄華を得ようと日本と様々な条約を締結し、その隙間で密かに私益を得る者。日本の手先になっている高位官僚層がこれに該当します。

(2)暗々裏に凶計を隠して途方もない言葉で日本のために扇動する者。日本の侵略行為と内政干渉を支持した政治家、言論人がこれに該当します。

(3)日本軍にすがって各地方に出没して他人の財産を奪って婦女子を強奪する者。親日団体一進会の会員たちがこれに該当します。

(4)彼らの倭寇振る舞いに対して怨望する気色を表わせば、あらゆる嘘を捏造して人々の心に毒をまき散らす者。土倭たちを支持して愛国者を冒険する偽ニュースをまき散らす市井の輩がこれに該当します。

それと共にチョン教授は、今『土着倭寇』という言葉が流行するのは、1905年に日本が韓国の外交権を剥奪するために強制的に乙巳保護条約を締結した当時の土倭と同じ行動を示す者が多いためだと述べた。

また、チョン教授は大韓毎日申報が『土倭』を一言の文章で定義したとし「顔は韓国人ではらわた倭人である化け物のような者」としたと伝えた。

これに先立ち、ナ・ギョンウォン(羅卿ウォン)自由韓国党[保守系最大野党]院内代表は14日、「反民特委(反民族行為特別調査委)よって国民が分裂した」と述べて歴史歪曲論議が起きた。

これに対し、民主平和党ムン・ジョンソン報道官は15日「ナ代表が土着倭寇だとカミングアウトした」とし「反民特別委に回付せよ」と論評した。

すると自由韓国党イ・ヤンス報道官は15日「親日罵倒批判と単語選択が度を越した」とし「侮辱罪と名誉毀損罪など動員可能なすべての法的措置が必ず続くだろう」と反発した。

これに対し、民主平和党ムン報道官は17日「土着倭寇の事実関係立証に渾身を尽くしたい」と正面から受け、チョン・ドンヨン(鄭東泳)代表も「土着倭寇が21世紀の大韓民国の真ん中を掻き回している」と加勢した。(機械翻訳 若干修正)