(KBSニュース 韓国語 2016/03/26)

東京から新幹線に乗って東北地域に3時間ほど、そして再び車に乗ってしばらく。

アン・ジュングン(安重根)義士109周忌殉国日(3月26日)を迎え、日本に建てられたアン義士の追悼碑を取材しに行く道は、そんなに簡単な旅程ではなかった。しかし、日本国内にアン・ジュングン義士の志を賛える人達がいるという話に乗り出した足取りは、100年余り前の歴史をもう一度振り返る歴史の巡礼の道でもあった。

◇『安重根』の名前の下に隠れて貼られた『旭日旗』

まず訪ねたところは大林寺。日本で最初にアン・ジュングン追悼碑が建てられたお寺だ。

宮城県側の許可を得て、大林寺へ向かう町角には『安重根 記念碑』というハングル案内板が所々に立っており、お寺を訪れる人を助けていた

※参考 ↓と同じものが何か所も立ってます。
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しかし、車に乗ってお寺にほぼ到着する頃、すぐ横を通り過ぎる案内板に妙な違和感が感じられた。私と似た違和感のためだろうか? 撮影記者の先輩が車を止めて案内板を撮ろうとした。

車から降りて数歩...分かるような分からないような違和感がどこから来たのか、案内板に近付くと頭の中で何かぐっとほとばしるものを感じる。

『旭日旗』であった。アン・ジュングンの名の下にべたべた貼られた戦犯旗

※↓4枚は別ソース
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露骨に貼ったのではなく、遠くから見れば識別することができないほどの大きさの小さな旭日旗が『安重根』という名前を少しでも侮辱しようとするように貼られていた

幼稚だと言うべきか、他の人はわからないうちにこっそり害を出すように、いや、ぴったりとずる賢く貼られた旭日旗ステッカーだった。

右翼の仕業であろうか? その場で何枚かを剥がしたが、どれほど強く貼ったのか、なかなか剥がれない

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◇アン・ジュングンを慕った日本憲兵

大林寺にアン義士の追悼碑が建てられたのは去る1980年。このお寺に埋葬された『千葉十七』という元日本憲兵とアン義士の縁が、ここ日本の領土までつながり、アン義士の志が日本に伝播し始める出発点になったところだ。

千葉十七は、アン・ジュングン義士が投獄された旅順監獄でアン義士を監視した憲兵だった。しかし、大韓帝国の軍人として戦場で敵国の首脳を殺したことは罪にならないというアン義士の堂々とした態度、軍人としてすべき仕事をすべてしたという気概を最も近くで見て、その人柄に感服した人物でもある。

アン・ジュングン義士も敵国の憲兵であったが千葉十七と人間的友愛を持って、処刑される直前に親筆で『為国献身軍人本分』という文を書くことになる

「国のために命を捧げるのは軍人の本分」というアン義士の遺墨を大切に保管した千葉十七は、本国に戻って亡くなるまでこれを祀って毎日礼を上げ、アン義士の冥福を祈ったという。そして、その親筆遺墨が韓国に返還されるのを契機に大林寺に建てられたのがアン・ジュングン追悼碑だ

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▲大林寺仏堂内に祀られたアン・ジュングン義士と千葉十七の位牌

朝鮮侵略の元凶だが、日本では初代総理として国父として仰がれる『伊藤博文』を狙撃した者に対する追悼碑は、日本国内でも相当な反発を買い、その後も大林寺には碑を撤去せよという脅迫電話などが絶えなかった、とこのお寺の斎藤住職[斎藤泰彦]は話した。

そして電話に留まらず、今はこっそりと旭日旗をアン・ジュングン義士の名前の下に貼る幼稚さまで見せた。

◇『英雄アン・ジュングン』の碑を建てた千人の日本人たち

執権与党自民党の隠れた実力者である菅官房長官が公式記者会見を通じてアン義士は『テロリスト』と言う険悪な雰囲気が続く状況だが、アン・ジュングン義士の崇高な志を賛える日本の人々はむしろ増えた。

去る2002年には宮城県栗原市の『千葉十七生家』のすぐ前にアン義士の『平和思想』を賛える碑が新たに建てられた

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この碑を建てた人たちは、栗原市の歴史話会[栗駒史談会]の会員たちで、全国的に20回近くアン義士についての講演会まで開き、韓国のお金で1億ウォン程を募金して碑石を建てた。

そして、その碑石には堂々と『民族の英雄 安重根義士』という文字が刻まれている。実際に見ていると胸が熱くなる一節だ。

地域の校長先生だった小野寺歴史話会会長[小野寺邦義 栗原市立栗駒中学校 第12代校長]は「国のために自らの命を捧げるというアン・ジュングン義士の信念はもっともなことです。それはどの時代でも同じことでしょう」と言いながら、アン義士を力を込めて『英雄』であり『義士』と話した。

今、より特別なことはアン・ジュングン義士の『平和思想』。平和のために侵略を止めなければならないという思想は、今も反目する韓日間に多くのことを示唆すると彼らは強調する。

「最近、政治家らがどんな話をしようが...深い縁を結んだアン義士と千葉十七のように互いに信頼する心、そこから平和思想が出発するのです」(菅原/栗原市国際交流会会長)[菅原敏允]

そのため、碑石にはアン義士と千葉十七の名前が並び、その横に設けられた小さな碑石には、アン義士の『平和思想』を刻み込んだ。

アン・ジュングン義士の殉国日なら韓国を訪れ、誕生日なら韓国で訪問客を迎えて韓日両国民が共に毎年アン義士の志を賛える場を設けている日本人たち。100年がはるか過ぎたが、アン義士の精神はさらに生きて息づいて伝えられている。(機械翻訳 若干修正)


「K・Yってだれだ」ってことはないですよね(映像を見るかぎりでは貼ってすぐということはなさそうですが)。

それにしてもまだ案内板はあったんですね。

>宮城県側の許可を得て、大林寺へ向かう町角には『安重根 記念碑』というハングル案内板が所々に立っており

ここだけ見ると、大林寺や市民団体が設置したかのようですが、4年前の参議院予算委員会質疑をみると、設置者は宮城県で、税金を使って設置しているようですね。

和田政宗参議員 日本にとっては暗殺者で、「犯罪者」と政府も認めている人物の記念碑の案内板を、税金を使って設置するのは問題ではないか。速やかに撤去すべき。

太田昭宏国交相 ご指摘の案内板は宮城県が設置したいとなり、道路管理者としての宮城県の道路占用許可を得て平成12年より現在の場所に設置をされているというふうに承知をしています。このため当該案内板の表示内容や設置及び撤去につきましては宮城県において判断されるべきものであると考えます。
2015年02月05日


(宮城県知事記者会見(平成27年6月1日) 2015/06/02)

Q 栗原市の東北自動車道若柳金成インターチェンジ付近に県が設置している案内板は、初代韓国統監伊藤博文(いとうひろぶみ)を暗殺した安重根(あんじゅうこん)の記念碑を案内するものである。安重根については、(日本)政府は犯罪者という見解を示しており、そのような人物の案内板を県が設置するのは問題であり、撤去すべきだという声があるが、こうした意見に対して知事はどのように考えるか。

村井知事 この案内板は、(前宮城県知事の)浅野知事のとき(平成14年)に(FIFA)ワールドカップがございまして、その機会に日韓友好の証しとして設置をしたというふうに私は報告を受けております。安重根氏を敬うための表示板ではなく、記念碑を案内する案内板でございます。

 よく調べていただきたいと思うんですけれども、安重根氏と千葉十七(としち)さんの非常に友情あふれるストーリーというのがそこにありまして、犯罪者であったにもかかわらず、千葉十七さんが非常に大切に一人の死刑員を一人の人間として大切に扱ったということです。つまり日本人は、日本にとって犯罪者であっても、虐殺するのではなくて、安重根氏をしっかりと一人の人間として扱って、そして刑を執行したということです。その象徴的な人物が千葉十七さんであったということから、日韓の友情を深めていただくためにでき上がった記念碑、場所であり、そして、韓国の方にぜひ立ち寄っていただいて、皆さんが思っているように日本は決してひどい国ではないんだということをお伝えする意味もあったというふうに聞いております。

 私は、一方的にそういった切り口だけであの案内板を否定するということは、これから日韓が共に前を向いて歩んでいこうとしている中で、また、(県庁の)目の前に総領事館があって非常にいい関係である中において、(案内板を)撤去することが日韓にとって総合的に考えますとマイナスになるのではないかということから、撤去には踏み切っていないということでございます

 もちろん、私も日本人でございますから、日本の代表をあのような形で暗殺をしたということにつきましては、どのような理由であっても強い憤りを感じております。しかし、一人の犯罪者として、もう刑が執行されているわけでございますから、日本人の死刑員と同じように、死刑を執行された人に対する、仏教でいうと御仏の心ですね、こういったようなものは、一人の人間として持ち続けたいなと思っております。

 これについては恐らく賛否両論いろいろあろうかと思いますが、あの看板を設置した経緯をよく聞きますと、決して安重根氏を奉るためだけに作ったものでは決してないんだということでございますので、その趣旨はぜひご理解をいただきたいと思います。

Q そうすると知事の認識としては、安重根については政府と同じ犯罪者であるという認識は持っているということか。

村井知事 当然そういうことですね。やはり許しがたい行為であったと思います。ただ、そういった人であっても、日本人は、一人の人間として、日本人の犯罪者と同じように、法律に基づいてしっかりと刑を執行したということですよね。これは日本人の素晴らしさを世界にPRするものだと私は思っております。

Q あの看板だけを見ると、どうしてもそういうストーリーが伝わらず、犯罪者の案内板を設置していると受け取る人もいるのではないかと思うがどうか。

村井知事 そう思われる方は、外にいて批判されるのではなくて、実際あの看板を見て、全国から宮城に訪れて、あの看板どおり一度訪れていただいて、お寺に行ってお話を聞いていただきたいと思います。私も知事になってすぐにあのお寺にお参りに行きました。そして、ご住職からいろいろお話を聞きまして、日本人が非常に素晴らしい民族であるということをよりPRするストーリーだなという気が私はしたわけであります。