「数十万の『朝鮮人めぐみ』をご存知ですか?」
(オーマイニュース 韓国語 2006/05/16))

djsim_292321_1[460643].jpg韓国には、日帝によって強制的に連行された数十万の『めぐみ』がいます。韓国国民がめぐみさんに関心を持つことをあなたが願っているように、『朝鮮人めぐみ』の家族たちも日本国民に対して同じ心情なのです。」

ヨルリン・ウリ党の金元雄(キム・ウォンウン)議員(国会倫理特別委員長)は16日、駐韓日本大使を通じて、日本人拉致被害者として知られる横田めぐみの父親の横田滋(73)に書簡を送った。横田滋は、弟の横田哲也(37)とともに15日に金浦空港を通じて訪韓した。

金議員は手紙の中で、「娘さんの不運な生に対する限りない父情が私の胸も打ちます」と慰めた。金議員は更に、「前世紀、南北は互いに数千名ずつの工作員を送り込んで幾多の拉致をほしいままにした」「拉致被害者たちとめぐみさんは、戦後冷戦体制の犠牲者だ」と述べた。

しかし金議員は、「めぐみさんの冤魂を慰めるのは、この冷戦体制の解体から出発しなければならない」 「不道徳な冷戦体制の残滓を引きずって自分たちの利益を追い求めつつめぐみさんの人権を取り上げるのは、良心を欺くものだ」と主張した。

金議員は、「韓国には、いまだに数十万の『めぐみ』がいる」「日帝によって強制動員された数百万の朝鮮人のうち相当数がまだ戻ることができず、死後も靖国神社に奉安(?)されており、死んだ魂さえ日帝の強制連行から釈放されることができないでいる」と表明した。

金議員は、「韓国国民がめぐみさんに関心を持つことを願うように、日帝によって強制連行された数十万の朝鮮人『めぐみ』の家族たちも、日本国民が彼に関心を持つことを願っている」と強調した。

金議員は横田滋に、「今度の訪韓の折に、日帝時代に強制動員された朝鮮人徴用者や軍慰安婦とその遺族たちにも一度会ってみてはどうか」と勧めて、「彼らとお会いになれるよう私が斡旋させて頂いても結構です」と付け加えた。

一方、金議員が駐韓日本大使を通じて書簡伝達を要請した同じ時間、横田滋など日本人拉致被害者家族と韓国の拉北者家族協議会会長らは、ソウル市内の拉北者家族協議会事務室で記者会見を行なった。

以下は、金議員が大島正太郎・駐韓日本大使を通じて横田滋に送った書簡の全文だ。(翻訳 2ch 犇@犇φ★氏)


横田滋様

アンニョンハシムニカ。あなたの娘さんと家庭を襲った不幸に対して深い哀痛の意を表します。

日本人拉致被害者めぐみさんの父上であるあなたが、娘さんの夫とされる韓国人に会うため我が国へ来たという ニュースを、マスコミ報道を通じて知りました。娘さんの不運な生に対する限りない父情が私の胸も打ちます。

めぐみさんは北朝鮮政府によって拉致されたとされれています。同時に彼女は、戦後冷戦体制の犠牲者です。前世紀の冷戦と対立の中で、南北は互いに数千人の工作員を送り込んで幾多の拉致をほしいままにしました。彼ら拉致被害者たちは結局、冷戦体制の犠牲者です。

その一人が、まさにあなたの娘さんであるめぐみさんでしょう。めぐみさんの冤魂を慰めることは、この冷戦体制の 解体から出発しなければなりません。それを、この不道徳な冷戦体制の残滓を引きずったまま自分たちの利益を追求してめぐみさんの人権を取り上げるのは、良心を欺くものです。

今も維持されている南北分断の現実は、いまだに北東アジア地域に冷戦の残滓が存在していることを示しています。 ところで国際社会から、朝鮮半島分断克服と平和体制構築に非協調的な国とされている国が、まさにあなたとめぐみさんの祖国である日本だというのは、残念なことです。

人権問題は人類文明が追求せねばならない普遍的価値です。しかし日本社会は、偏った人権意識が行われてい るという印象を与えています。自分たちの問題は棚に上げて他国の人権問題ばかり取り上げようとする偏狭な雰囲気が、日本社会を支配しているという指摘から、目をそらしてはならないでしょう。

前世紀に日帝によって強制動員された数百万の朝鮮人の相当数が、いまだ戻ることができません。彼らがどこに連れてゆかれて、どんな強制労役をしたのか、その家族たちが知ることができないのは勿論、いまだ生死さえ確認されていないのです。

このように韓国には、いまだ数十万の「めぐみ」がいます。甚だしくは朝鮮人「めぐみ」たちの中には、死後に靖国神社に奉安(?)されて、死んだ魂さえ今でも日帝の強制連行から釈放されることができないでいるのです。

あなたは、韓国国民が拉致被害者に対して関心を持ってほしいと訴えました。あなたの訴えは当然です。韓国国民がもっと多くの関心を持たなければならないということに反対はしません。

しかしあなたの娘に親がいるように、朝鮮人「めぐみ」たちにも愛する家族がいます。
あなたが、韓国国民がめぐみさんに関心を持つよう願っているように、日帝によって強制連行された数十万の朝鮮人「めぐみ」の家族も、日本国民が彼らに関心を持つことを願っています。

横田さんは、自分の家族が大事なのと同じように隣人の家族も大事だということを分かっておられると思います。 人権尊重と愛を口にするのは容易です。しかし胸から湧き出る真情を示すのは容易ではありません。

横田さん、横田さんにお勧めします。もし時間が出来たら、今度の訪韓の折に、日帝時代に強制動員された朝鮮 人徴用者、軍慰安婦とその遺族にも一度お会いになってみてはいかがでしょうか。彼らと会って抱き締め、一緒に声をあげて泣き叫ぶことが、あなたが愛するめぐみさんの冤魂を真に慰めることにならないでしょうか。彼らと会えるよう、私が斡旋させて頂いても結構です。

私の書簡が横田さんに渡るよう、駐韓日本大使様にお願いしました。横田さんの今度の訪韓が意味ある日程になるよう願っています。

2006年5月16日
大韓民国 国会倫理特別委員長
金元雄



徴兵制がある国なのに“徴用”と“拉致”の区別すらわからない国会議員。

金元雄氏が主張する『いまだ戻ることが出来ない、数十万人の“強制連行された朝鮮人”』は日本にはいないようですね。


韓国政府、徴用補償に踏み切る
(統一日報 2006/03/15リンク切れ)一部抜粋

 「日帝強制動員被害真相糾明委員会」の調べでは、申請のあった約21万1600件のうち18万人ほどが海外強制徴用者だった。
 
 受理した被害件数21万のうち、日本での申請は39件。
 当然、韓国政府は海外在住者にも在外公館を通じて被害届を出すよううったえてきた。しかし、日本での申請件数はわずか39件に止まっている。





現在、日本にいる在日は自主的に、それも密航までしてきている人たちが結構いますね。

朝鮮戦争がはじまって3日後の記事です。



「密航4ルートの動態 日韓結ぶ海の裏街道 潜入はお茶のこ 捕わる者僅か2割」
(産経新聞 1950/06/28)

 朝鮮南北戦争の拡大によって憂慮されることは、南鮮避難民の日本への殺到だ。終戦以来、“悩みのタネ”となっているこの密入国は、今次の戦乱で明日にでも、どっと押寄せてくる危険がある。目下、政府は緊急対策をねっているが、今ここに“日本密航への途”を衝き、その実態を明らかにしてみよう。
 密入国および不法入国は近来、職業的な密輸密航に変り、手口も巧妙となり、取締法規の盲点をつく知能犯的性格をおびてきている。密航のルートには現在、大別して次の4つがある。

1、 歴史的、地理的に朝鮮と特殊関係にある対馬は、絶好の中継基地で、釜山から30浬、壱岐から40浬、平戸から53浬の地点にあり、西北端北緯40度、東経135度から西南海上に北緯34度、東経127度40分に“マッカーサー・ライン”が引かれているが、その最も近接地点である棹崎はマ・ラインから僅かに1000米。韓国船舶は自由に航行し、潜入できる。ここへ上陸すると今度は遭難をよそおって福岡付近に漂着。地方自治体官公吏などを恐喝或いは買収して入国するのがこれまでの例だ。
2、 ウラジオストックから出て、リマン海流に乗って隠岐、佐渡から警備の薄い島根、新潟、山形方面へもぐりこむ。このルートは別名徳田ラインとも呼ばれ、政治的目的を持ったものが大半だという。
3、 釜山、木浦、麗水の南鮮各港から大きく迂回して鹿児島、薩南諸島を回り、瀬戸内海、四国、近畿地方に上陸する。このルートは密輸という単純な目的のものが多く、暴風雨で難破するものも多い。22年から24年までに約1000名を逮捕。
4、 北鮮の海州、羅津、清津各港から済州島と連絡。そこを基地として九州、西日本一帯に潜入するルートで政治的目的を持ったものが過半数である。

 これら4ルートを通じて終戦後、我国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約20万から40万と推定され、在日朝鮮人推定80万人の中の半分をしめているとさえいわれる。
<敗戦国の悲しさ>
 これが取締りは目下、海上保安庁と国家警察本部が当っているが、密輸団は火砲装備を持っているに反し、我が監視船は何ら装備なく、捕捉率はきわめて悪く、密輸船の2割程度しか捕捉出来ない現状にある。また、入国した際の外国人登録証明は暴力と買収につきるといわれ、それがそのまま合法化する場合が多いようだ。
 密輸取引物資は、日本から文房具、化粧品、薬品、繊維製品、金属製品、機械類で、朝鮮からは米、焼酎、牛皮、生ゴム等が持ち込まれ、徳田ラインからは拳銃等も持ち込まれているといわれる。日本から機械類を運ぶのは、北鮮の各工場でソ連製機械部品を取り付けるには7年以上を要するので、手軽な日本製を求めるからだという。 
<対策に手を焼く取締当局>
 逮捕された朝鮮人は、佐世保港外針尾収容所に送られるが、この収容能力は800名で、到底収容しきれず、また送還しても何ら不法入国についての刑罰的規定がないので、何回も渡航を企て、当局でも全くその対策には手を焼いている模様だ。 今次、南北鮮戦争から今後、南鮮からの密入国者は莫大な数字に上るものと予想される折柄、その根本的対策の樹立がきわめて注目されている。



終戦後~朝鮮戦争勃発までのあいだで数十万人の朝鮮人が『密航』で来日してます。

終戦後14年たった時点での“徴用で日本にきた在日朝鮮人”は245人ですね。

大半、自由意志で居住
(朝日新聞 1959/07/13)

外務省、在日朝鮮人で発表
戦時徴用は245人

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在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要になったため送還するのだ」との趣旨の中傷を行っているのに対し、外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。
これによれば在日朝鮮人の総数は約61万人だが、そのうち戦時中に徴用労働者として日本に来た者は245人にすぎないとされている。

一、戦前(昭和14年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、終戦直前(昭和20年)には約200万人となった。増加した100万人のうち70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの30万人は大部分工鉱業、土木事業の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令によるものはごく少数である。また、国民徴用令は日本内地では昭和14年7月に実施されたが、朝鮮への適用はさしひかえ昭和19年9月に実施されており、朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年3月の下関-釜山間の運航が止るまでのわずか7ヶ月間であった。

一、終戦後、昭和20年8月から翌年3月まで、希望者が政府の配船、個別引き上げで合計140万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和21年3月、連合国の指令に基く北朝鮮引揚計画で350人が帰還するなど、終戦時までに在日していた者のうち75%が帰還している。戦時中に来日した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。

現在、登録されている在日朝鮮人は総計61万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労働者としてきた者は245人に過ぎず、現在日本に居住している者は、犯罪者を除き、自由意志によって残留した者である。





1959年当事で245人しかいない徴用者なんだから、「日帝強制動員被害真相糾明委員会」に申請された『39人』という数は決して少なくないですね。(39人の信憑性もあやしいですが)

日本政府は金氏に対してしっかりした対応をして欲しいですね。

そして、今後このような誤解が生じないように、在日朝鮮人をすみやかに帰国させましょう。

それにしても金元雄氏といい、記事中敬称もつけない記者といいヘドがでます。


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めぐみ〈前編〉 めぐみ〈前編〉
横田 滋 本 そういち 横田 早紀江

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