(京郷新聞 韓国語 2019/02/28)

・日本忠魂碑を模倣した塔・碑石が全国に多数…顕忠塔も模倣

解放後に抗日運動と国のために命を捧げた護国英霊を称えるために設置された塔と碑の相当数が、日本式『忠魂碑』を模倣して作られたことが明らかになった。3・1運動[日韓併合時下の独立運動]を記念するための碑が日本式である場合もある。

27日、光州教育大学の研究チームによる『光州親日残滓調査報告書』によれば、光州市と全羅南道地域の相当数の顕忠施設[殉国者や戦没将兵を追悼する施設]に設置された塔や碑が、日本の忠魂碑を模倣している。光州教育大学の研究チームは昨年7月から12月まで地域に残っている親日残滓を調査した。

日本式忠魂碑は、碑の先端が尖った四角形の形をしているのが特徴だ。基壇を作った後、その上に四角錐形の碑を載せる場合も多い。韓国の伝統碑は、四角形の上に帽子をかぶせたり、先端を丸く処理する

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▲『日本忠魂塔』の形式が、解放後に抗日運動と護国英霊を称えるために設置された塔と碑石の相当数にも続いている。左から日本の大東亜戦争戦死者墓地に設置された碑石、全羅南道長城郡に設置された忠魂碑、全羅南道海南郡に設置された己未独立宣言記念碑、光州光山警察署に設置された忠義碑

※参考 伝統碑?
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日帝強占期に日本は『内鮮一体』を強調するため、戦死者を追悼する四角形の形の忠魂碑や塔を全国各地に建てて参拝を強要した。このような形の碑は、現在も日本の戦死者墓地でよく見られる。調査を行ったキム・トクチン光州教育大学社会科教育部教授は「四角錐形の碑は、日本でほとんどが『戦争で死亡した兵士の墓地』という意味がある」としながら「清日戦争と露日戦争当時、日本軍戦死者の墓地に設置され始めて広がった」と説明した。

日本式忠魂碑は解放後も消えず、護国英霊を称える碑として全国各地に設置された。光州光山警察署に設置された『忠義碑』は基壇の上に四角錐形の碑が立っている。忠義碑は1976年、光山出身戦没警察官75人を追悼するために建立された。光州公園にある『護国武功殊勲者戦功碑』も似た形だ。

全羅南道和順郡和順邑の無名勇士墓地にある『護国警察官忠魂不忘碑』と北面の『慰霊碑』も碑の先端が四角形だ。全羅南道潭陽郡・長城郡・谷城郡・霊岩郡・莞島郡・宝城郡などの『忠魂塔』『忠魂碑』『顕忠塔』なども相当数が日本式だ。国家報勲処が指定した光州市と全羅南道地域の国家守護顕忠施設127か所(光州市11か所・全羅南道116か所)のうち39か所で日本式忠魂碑の形の塔や碑が発見された

さらに、抗日運動を記念するために建てられた記念塔も日本式碑に似ている。3・1運動を記念するために建てられた全羅南道務安郡の『3・1独立運動務安義賊碑』『抗日独立有功者崇慕碑』は四角形の形をしている。全羅南道海南郡海南邑の『己未独立宣言記念碑』は基壇の上に四角錐の碑が立っている。基壇部と碑の先端が典型的な日本の忠魂碑の様式だ。

日本式で作られた碑に対する大々的な実態調査が必要だという指摘も出ている。キム教授は「解放後、何の考えもなく日帝強占期に建てられた忠魂碑を模倣して、全国各地にこのような碑を建てたものと見られる」としながら「実態調査を通じて、少なくとも国家指定顕忠施設の塔と碑だけでも作り直さなければならない」と明らかにした。(機械翻訳 若干修正)