(朝日新聞 2019/02/27)

 青く澄んだ空に、ヤシの並木が映える。カリフォルニア州ロサンゼルス郊外のアーバイン。学歴が高い裕福な家庭が多く、全米で指折りの治安の良さで知られる。

 中国人にとっては「国籍ロンダリング(洗浄)」の「聖地」でもある。出産前に渡り、米国籍を得られる赤ちゃんを産むビジネスが根を張っている

 移民を敵視し、壁まで築こうとするトランプ政権のもと、万里の長城の国から訪れる妊婦さんはむしろ、増えているそうだ。

 どんな人たちなんだろう。「月子(ユエツー)中心」と呼ばれる施設を訪ねた。
     ◇

 閑静な住宅街の一戸建てに、彼女らは住んでいた。玄関にはベビーカーが並ぶ。「HAPPY BIRTHDAY」。誕生パーティーの写真には、赤ちゃんを抱いた女性が赤いスーツ姿でほほえむ。星条旗にワシが描かれた米国パスポートを手にした「宝宝(パオパオ、中国語で赤ちゃん)」と、旧正月に中国へ戻った。会社の社長さんだ。

 予定日の2カ月前に入居し、産後は1カ月を過ごす。料理など家事をしたり、月嫂(ユエサオ)という母子の面倒をみたりする中国出身のお手伝いさんがいる。近くの病院には、中国語を話す医者もいる

 月子とは、中国語で産後ひと月をさす。中華圏ではこの間、母親が十分な休養をとる伝統がある。その産後ケアセンターが「月子中心」。元卓球選手の福原愛さんが台湾で利用し、日本でも話題になった。

 ただ、米国の「月子中心」の最大の狙いは国籍の取得だ。米国で生まれた赤ちゃんは、両親が外国籍でも米国籍を得られる。この「出生地主義」の廃止を、トランプ大統領が昨秋の中間選挙前に主張したわけだが、中国の人々はむしろ「今のうちに」とせかされた気持ちになったようだ。深まる米中対立の影響を心配して、扉が狭まる前に駆けこむ心理もある。

 中国東北部から来た女性は、双方の両親と一緒に5人で一軒家を借りあげていた。会社を経営する夫も近く合流する。「空気がいいし、来て良かった」。仲介業者がさまざまなコースを用意し、妊婦数人の同居なら数百万円から可能だ。今の中国なら負担できる家庭は少なくない

 みんな同じことを言う。「子供の将来の選択肢を増やすため。米国のパスポートは中国のものより移動の自由が大きい。一流の教育も、医療や福祉もうけやすい」。ある業者が付け加えた。「経済も軍事も世界で一番強い国だから安心料なんです。何十年か経てば分からないけどね」

 米国は妊婦の入国を禁じてはいないが、こうした業者は極めてグレーな存在だ。2015年には同じ州で大規模な捜査が入り、逮捕・起訴された人も出た。マンションの一室に大勢の妊婦さんを詰めこんだ施設もあった。ロシア人はマイアミ、日本人はハワイを好むとされ、国籍を求めて米国で出産する外国人はいる。ただ、中国人は規模が違う。一戸建てに分散させたのは、目立たぬように潜む手段でもある。

     ◇

 不透明な商売だけに数字はあいまいだが、西海岸を中心に全米で数百カ所あり、中国人が米国へ出かけて産んだ子供は、「10年の5千人から12年に1万人を超え、16年には8万人を上回った」(中国・第一財経日報ネット版)私が会った業者も「12年ごろから増えた」と話す。習近平(シーチンピン)氏が中国共産党総書記に就いた年である

 親が子を思う気持ちだけとは限らない。子供を足がかりに国内からお金を移し、資金の洗浄に使う場合もある。習政権のもとで腐敗退治から言論弾圧まで国家による監視が厳しくなるなか、動きは加速している。政治家や軍の幹部の愛人といった背景を持つ女性もいるときく

 「中華民族の偉大なる復興の夢」に邁進(まいしん)して豊かになる人が増えれば、米国籍を「買う」人が増える。彼らは米国を信じ切ってはいない。人生のリスク分散の一環なのだ。「孟母三遷」にも似た、歴史を生き抜く処世術ともいえる。経済規模で中国が米国を超えたぐらいでは変わらないだろう。国家に対する信用度の低さは、国のもろさか。人々の強さなのか。

 「日本人もおいでよ」。あっけらかんと誘う声に、国家と個人との距離を考えた。(編集委員・吉岡桂子)