(読売新聞 2019/02/08)

 韓国人元徴用工の訴訟をめぐり、日本政府が韓国政府に日韓請求権・経済協力協定に基づく協議の開催を申し入れてから、約1か月がすぎた。韓国政府は日本政府の申し入れを無視する構えで、日韓関係は「出口の見えないトンネル」に入り込んでいる。(ソウル支局 豊浦潤一、政治部 遠藤信葉)

◇文政権 対日強硬鮮明に

 韓国政府は1月9日に、日本政府から徴用工訴訟を巡る2国間協議に応じるかどうか、30日以内に返答するよう求められていた。韓国政府がかたくなな対応に終始するのは、文在寅(ムンジェイン)大統領の意向が強く反映されているためだ

 「元徴用工への賠償は日本企業の問題だ。韓国政府が前面に立つべきでない」

 韓国政府関係者によると、文氏は1月8日、年初の閣議を終えた後、康京和(カンギョンファ)外相ら閣僚を別途集めた席上でこう述べた

 韓国政府はこれまで、徴用工問題は協定で解決済みとの立場を取ってきた。文氏が従来の立場からの修正を図っているとも受け取れる発言だ。昨年10月に韓国大法院(最高裁)が日本企業に賠償を命じた確定判決が出て以降、日本政府は韓国政府に適切に対応するよう強く求めていた。文氏の指示は、韓国側だけの負担で補償を行う解決案に否定的な態度を示したものとみられる。文氏は、日本統治の「被害者」救済を重視する左派民族主義者で、日本の歴史問題に対して厳しい姿勢をとってきた。昨年末の韓国海軍による海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射をめぐる対立激化によって、完全に対日強硬路線にカジを切ったようだ

 「反日」が根底にある韓国世論の影響も大きい。韓国の世論調査機関が先月に実施した調査の結果、韓国政府は日本に「もっと強く対応しなければならない」との回答が約46%に上った。「現在の対応が適切」の約38%と合わせると8割以上が文政権の対日強硬姿勢を支持していることになる。

 日韓関係の優先度が下がっていることも関係している。昨年の対日貿易額が対中貿易額の3分の1以下となり、韓国からの輸出額だけで見ればベトナムにも追い越されて4位。文政権の政治課題の中で北朝鮮の核問題や南北融和に焦点が絞られていることも日本軽視につながっているようだ

 韓国政府関係者によると、先の日韓外相会談で康氏は、徴用工訴訟の対応について「司法府の判決を尊重するのが最も基本的な立場だ」と説明した。文政権は、賠償命令の確定判決が出た企業の財産差し押さえもやむなしとの判断に傾いているとの見方もある

 韓国では、日本統治時代に示威行進を行った「3・1独立運動」から100年を迎える3月1日を前に、反日機運が一層高まることは確実だ。韓国政府関係者は「当面、解決策を出せる雰囲気ではない。解決には来年までかかるシナリオも十分ありえる」と打ち明ける。

◇日本 「韓国パッシング」

 韓国側から2国間協議について何の返答もないことについて、日本政府はいらだちを強めている。

 政府は今後、韓国側に日韓請求権・経済協力協定に基づく「仲裁委員会」の設置を求めていく方針だ。政府関係者は仲裁委設置の要請について、「日本企業に実害が生じれば局面が変わり、次のステップに移る」と述べた。韓国人元徴用工訴訟の原告団による日本企業の資産差し押さえで「現金化」の動きが出た時点で要請するとみられる

 政府は経済産業省の担当課などを、徴用工訴訟の被告企業との窓口と位置付け、連絡を密にしている。政府と企業が一体となって行動するためだ。

 日本企業に実害が及びかねない事態について、日本政府は「日韓の友好協力関係の法的基盤を根底から覆すもの」(菅官房長官)と位置づけている。近年は北朝鮮による核実験やミサイル発射の挑発もあり、日韓間で米国を仲介とした安全保障面での連携を模索する動きもみられたが、現在はすべてストップした。

 日本外交の中で韓国の位置づけを見直す「韓国パッシング(無視)」ととれる動きが進んでいる。昨年12月に閣議決定された新たな「防衛計画の大綱」では、日本が安全保障協力を推進する対象として、韓国は、米国、豪州、インド、東南アジアに次ぐ5番目。13年の大綱では、韓国は米国に次ぐ2番目だった。

 安倍首相は1月28日に行った施政方針演説で日韓関係に直接触れなかった。昨年の演説では「未来志向で新たな時代の協力関係を深化させる」と言及していた。首相は今月4日の衆院予算委員会で「日韓両国が築き上げてきた関係の前提すら否定するような動きが出ていることは大変遺憾」と答弁した。

 自民党の一部からは、韓国人観光客へのビザ免除の停止や制裁関税などの「対抗措置」を求める強硬論も出ている。対抗措置については、関係省庁が国際法上の観点も含めた検討を進めている

 だが、韓国からの訪日観光客数は昨年約750万人に上り、訪日観光客全体の約4分の1を占める。韓国は日本にとって3番目の貿易相手国であり、「対抗措置」が経済に悪影響を与える可能性もある。「対抗措置」を発動するハードルは高く、打つ手は限られているのが現状だ

 政府高官は「両国の首脳が対話する以外には、事態の打開は難しいだろう」と語る。

【日韓請求権・経済協力協定】
 1965年に日韓の国交を正常化した「日韓基本条約」とともに結ばれた協定。日韓の賠償請求権問題が「完全かつ最終的に解決された」と明記されており、日本は協定に基づき、韓国に計5億ドルの経済援助を行った。協定3条には、両国で解釈などの争いが生じた場合、〈1〉2国間協議で解決を図る〈2〉解決できない場合は仲裁委員会に付託する――という2段階の手続きを定めている。


早速、韓国通信社・大手紙などが1月8日のムン大統領を発言を見出しに報じていますが、


1月8日の様子は1月22日に朝鮮日報が報じています。なぜかその時はあまり話題にならなかったですね。

やはり「日本奴がこんな報道をしているニダ」の方が扱いやすいのかな。

(朝鮮日報 2019/01/25 韓国語版 01/22)

イム・ミンヒョク論説委員

 今年最初の国務会議(閣議)が終わった後、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は外交部(省に相当)長官・法務部長官、法制処(省庁の一つ)長ら数人の閣僚を別に呼んだ席で、強制徴用賠償判決とそれに伴う韓日の確執に対する自身の見解を説明した。その要旨は「徴用被害者(徴用工)に対する賠償は日本企業の問題で、韓国政府が率先してはならない」「日本は不当な内政干渉をしている」などというものだったという。「日本に対してもっと強く出ろ」という指針だと解釈できる。出席者の一部が「日本企業だけの問題ではなく、これまで韓国政府も徴用被害者問題は解決したと判断してきた点を考慮する必要がある」との意見を出したが、文大統領はかたくなな姿勢だったとのことだ

 数日後、外交部幹部が大統領府に行った。韓日関係で強硬一辺倒の対応を再考する必要があると建議するためだった。ところが、大統領府の参謀たちは「我々が(文大統領に)そういう話をしていないとでも思っているのか」と言ってこの幹部を帰らせた。

 強制徴用問題には歴史・法・外交・国民感情が複雑に絡みついている。このため、政府内でも意見がまちまちだ。中でも一番の強硬派が文大統領だそうだ。文大統領が年頭記者会見で、「日本はもっと謙虚な姿勢を持たなければならない」と言ったのは、それでも抑えた発言の方に属する。

 文大統領のこのような「信念」はどこから来るのだろうか。与党系のある関係者は「文大統領の個人的な経験が大きな影響を及ぼしている」と話す。強制徴用被害者が2000年に釜山地裁に日本企業を相手取り損害賠償請求訴訟を初めて起こした時、文大統領は「法務法人 釜山」の代表弁護士として原告代理人を務めた。金外淑(キム・ウェスク)法制処長も当時の弁護チームのメンバーだった。文大統領は「歴史的な意味があることだから手助けしなければならない」と一肌脱いだという。それから18年間の紆余(うよ)曲折を経て韓国大法院(最高裁判所)判決で被害者たちが救済を受けられる道が開かれたのだから、文大統領の感慨はひとしおだ。「弁護士・文在寅」が「司法判断に基づき、妥協することなく、日本から受け取れる物は受け取れ」と話すのは、ある意味当然のことなのだ。

 だが、「大統領・文在寅」は弁護士の時とは比べものにならないほど多様で複雑な変数を考えなければならない。ところが、周囲の意見を十分聞いて考慮しているという話は聞こえてこない。「徴用被害者問題は1965年の韓日請求権協定で解決した」という見解を決めたのは2005年の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時だった。当時この決定を下した委員会には文大統領も民政首席秘書官として参加していた。行政府がこれを覆すのは、司法府判決とはまた違う次元の負担だ。これに対する文大統領の見解はどうなのだろうか。

 文大統領が甘受しようとしている韓日関係悪化の「マジノ線(最終防衛ライン)」がどこなのかも不透明だ。安倍政権が圧力に屈し、韓国側が望む謝罪・賠償をするだろうと予想している人は政府内に誰もいない。両国の正面衝突は事実上、予定されているのも同然だ。そうした場合、北朝鮮の核の脅威に対応する安全保障協力に穴が開かないのか、経済的打撃にはどのように対応するのか、国際世論をどのように韓国側の味方につけるのか、責任ある当局者の説明を聞いたことがない。「歴史問題は歴史問題。将来のための協力は別個のもの」というむなしいスローガンがあるばかりだ。

 最初に原因を作ったのは日本で、それにもかかわらず反省しない日本の態度に我々全員が憤っている。しかし、大統領まで激怒するばかりで、現実的な突破口を見いだすための水面下の外交交渉をしないとすれば、問題はさらにこじれる。両国首脳の電話会談があってもいいところだが、その予定もないという。だからこそ、多くの外交関係者や専門家が「日本に容赦ないのはいいが、その後の戦略は何なのか。戦略があるにはあるのか」と文大統領に尋ねているのだ。