(中部日報 韓国語 2019/01/30)

キム・ジュンヒョク韓神大学校正祖教養大学[King Jeongjo College of Liberal Arts]教授

14歳で日本軍性奴隷として連れて行かれ、あらゆる虐待にあったキム・ボクトン(金福童)おばあさんが去る28日に亡くなられた。映画『アイキャンスピーク(I can speek)』の実際の主人公であったおばあさんは、日本の残虐性を知らせるために最後の生を燃やされた。その方が死に至る臨終の際に言った言葉も『憤怒する』ということだった。日本が韓国民族だけでなく、アジアの弱小国家にした経済的収奪と人権搾取、そして植民地支配に対する謝罪がなかったためだ。本当に憤怒することだ。

なぜ日本はこのように私たちに対して敵対的なのでだろうか? 日本の我が民族に対する植民地支配は世界の歴史で見られない特別なケースであった。19世紀から始まった帝国主義列強がアジアとアフリカ一帯に進出して植民地を作った時、日本の朝鮮支配のようなケースは一切なかった。普通、植民地支配は該当国の外交権と軍隊統帥権を奪い、行政権はそのまま置く場合が大半だった。植民地支配の目的自体が経済的収奪のためのものなので、あえて行政権まで奪う理由がなかった。植民地支配の理論的根拠はマキャヴェッリ[Niccolò Machiavelli]の『君主論』[Il Principe(イル・プリンチペ)]であるが、君主論にも植民地国の行政権を奪うなとした。日本も台湾を植民地支配して外交権と軍事権を奪いながら、行政権は台湾人に認めた。そのため台湾には日本の総督府が存在しなかった

ところが、韓半島[朝鮮半島]の植民地支配は徹底的にすべてのものを奪った。1905年に外交権を奪い、1907年に軍隊を解散させ、ついに1910年に行政権まで奪って朝鮮総督府を置いた。軍隊、司法、行政のすべてのものを掌握した日本は、韓半島の経済的収奪だけでなく、はなから我が民族を地球上からなくそうとする政策を推進した。朝鮮人に朝鮮語を使わせず、日本と朝鮮が一つという内鮮一体思想を注入させた。この政策は教育全般で推進されたし、実際、多くの若い学生たちに注入され、自分が朝鮮人なのか日本人なのか識別できない場合もあった。それなら、日本人はなぜ、このように私たちに対してだけ、別の定規を持って苛酷に植民地支配をし、今も自分たちがしたことを謝罪しないのだろうか?

筆者は長年この問題について深く考えてきた。そのうちに一つの糸口を見つけた。それはまさに今回チェ任[訳不明]に臨むアキヒト日王[以下、明仁]の発言だった。明仁日王は2001年12月の誕生日記者会見で「私自身としては、桓武天皇(日王)の生母が百済の武寧王の子孫であると『続日本記』[ママ 以下、続日本紀]に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と話した。続日本紀は793年[797年]当時、桓武日王が出した歴史書で、桓武日王の母親が百済武寧王の直系子孫である和氏夫人[高野新笠]と書かれている。

簡単に整理すれば、日本王室が百済武寧王の子孫ということだ。明仁の告白で日本国民は衝撃を受けた。自分たちが慕う国王が百済の後裔という事実を受け入れられなかった。だが、これは明白な事実だ。実際、日本王室は百済王室と深い関係がある。百済の創業君主である温祚の母親である召西奴(ソソノ)が日本に渡って建てた国がまさに『倭国』である

私たちは長い間、日本人たちを罵る時に『倭人』と言って蔑んでおり、『倭』という言葉が非常に悪い意味と認識されているが、実際の『倭』の意味は『優しい』、『敬う』という意味だ。言い換えれば、百済を敬う国という意味である。日本という国名が出てきたのは660年、羅唐連合軍[新羅-唐]によって百済が滅亡して、独自の国家体制を整えるために『日が昇る本の国』という意味の日本と付けたのである。だから日本は長い間、百済王室の分国だったのである。

このような歴史性を持っているので、日本はこのような韓日関係を完全に消すため、韓半島に対する世界史に類例がない植民地政策を用いたのである。そして今も一切の謝罪と反省をしていない。実に慨嘆せざるを得ない。

最近、日本の哨戒機が韓半島に随時出没して緊張関係を作り、安倍総理は極右的発言をし続け、第2次世界大戦の戦犯国だった過去の日本に戻ろうとしている。国連の指導の下に作られた日本の平和憲法は、もう紙くずになる境遇に置かれている。このような日本とどの国が同盟国になろうとするだろうか?

もう日本は、真に我が国と平和の連帯を望むなら、自分たちの過ちを一つ一つ公開し、キム・ボクトンおばあさんの霊前に頭を下げて謝罪しなければならない。(機械翻訳 若干修正)


台湾総督府庁舎 1919年(大正8年)完成
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中華民国総統府庁舎
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 国立国会図書館 レファレンス事例詳細

提供館   埼玉県立久喜図書館
事例作成日 2008/10/09
登録日時  2009年03月18日 02時12分
更新日時  2009年03月31日 14時56分

〈質問〉
 ①韓国ドラマ「朱蒙(チュモン)」に出てきた〈召西奴(ソソノ・ソソヌ)〉について書かれた資料はあるか。
 ②〈召西奴〉が百済から日本に渡ってきたという説について書かれた資料はあるか
 ③〈召西奴〉が日本に渡った後、天照大神になったという説について書かれた資料はあるか

〈回答〉
 ①『三国史記 2』『朝鮮人名辞書』などを提供した。
 ②③該当資料は見つけられなかった。「天照大神は韓国女性だった」という内容の小説が2006年に韓国で出版されたという情報をあわせて連絡する
(略 回答プロセス、参考資料)