元駐韓大使がひもとく「韓国」反日の裏面史
(週刊新潮  2019年1月31日号 2019/01/24)

 元外交官 武藤正敏

〈慰安婦・竹島に、徴用工・レーダー照射事件が加わり、日韓関係は戦後最悪の状態にある。国民感情を前面に出し、国際常識を無視して日本に譲歩を迫るのはいつものことだが、文在寅大統領は日韓基本条約そのものを否定する。今、必要なのは彼と韓国国民を分断させる外交だ。〉

 現在、日韓関係は危機に瀕している。韓国政府は昨年末に起きた火器管制レーダー照射事件について、日本に謝罪することを潔しとせず、照射の事実を否定し続けている。証拠を突き付けても態度は変わらず、逆に海自の哨戒機が低空で威嚇飛行したなどと非難してきた。韓国は、互いの主張が平行線となることで逃げ切ろうという、極めて不誠実な態度である。

 それにしても、文在寅氏が大統領に就任してわずか1年半で、なぜこれほど問題が続出するのか。韓国の反日行動は、国民感情に訴えるものである。中国の反日の裏には国益の計算があり、その分合理的なのでまだ対処のしようがある。感情に基づく韓国の反日はより厄介だが、日本を攻撃する手法には一定のパターンがある。それを理解するため、戦後日韓外交史をひもといてみたい。

 現在の日韓関係の土台は日韓基本条約である

 韓国側は、慰安婦問題はこの条約の交渉過程で一切議論していないとして〝未解決の問題〟だと主張してきたが、慰安婦問題も法的には〝解決済み〟だ。基本条約に付随した 『請求権協定』では、両国間の請求権は「完全かつ最終的に解決」しており、今後「いかなる主張もすることができない」と明記されている。元慰安婦の存在は当時から韓国では広く知られており、交渉の場で提起しなかったのも韓国側の責任である

 ただ、その点について同情の余地もある。元慰安婦は、戦後も差別され虐げられてきた。苦労の末にやっと結婚して子供もでき、普通の生活を送れるようになった。そのような時期にあえて問題を再燃させ、彼女たちを不幸にさせたくない。そんな思いが交渉時の韓国側にもあったのだろう。

 慰安婦問題に火が付いたのは1992年、当時の宮沢喜一総理が訪韓する直前のタイミングだった。総理訪韓の1か月ほど前、韓国から大統領特使として李源京元外相が訪日したが、彼は「日韓間には何も問題がないので、気軽に浴衣がけの気持ちで訪韓して欲しい」と伝えてきていた。しかし、特使訪日の直後に朝日新聞が「慰安所の運営にあたり、軍の関与を示す新資料を発見した」「朝鮮人女性を強制連行した」などと報じたことから、ソウルの日本大使館前には連日、元慰安婦とその支持者が集まり、大規模デモを繰り広げた

 結果、韓国国民の関心は慰安婦問題に集中し、それを如何に沈静化するかが総理訪韓の最大の課題となってしまった。事態の急変を受け、加藤紘一官房長官が談話を出して批判を静めようとしたものの、首脳会談でも詰め寄られ、さらなる調査を約束させられる。

 日本はまず慰安婦に関する資料の収集、慰安婦からの聞き取りを踏まえ、翌93年に河野洋平官房長官の談話という形で、「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」との調査結果を発表した。もっとも「強制連行」の証拠は見つかっていない。

 次いで「アジア女性基金」を設立し、政府資金ではなく、国民から募金を集めて元慰安婦に見舞金として支給した。これは、日韓基本条約によってあくまでも〝法的には解決済み〟という立場を維持するためである。一方、慰安婦への配慮として、総理が自署した反省と謝罪の書簡も添付した。

 このように、慰安婦問題の処理は常に、条約の法的枠組みを維持しようとする日本側の原則と、韓国の国内世論との戦いであった。

しかし、「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」は国内世論を煽り、日本ばかりでなく自国政府にも圧力をかけた。毎週水曜日に日本大使館前でデモを繰り広げることで当事者としての地盤を固めた。その結果、韓国政府は挺対協の意向に逆らえなくなり、次第にこの間題に対する主導権を失っていった。

 アジア女性基金から7名の元慰安婦が日本からの見舞金を受領したときにも、挺対協はこの7名を侮辱し、嫌がらせをして、他の慰安婦には支給された韓国政府の補償金を受け取らせなかった。これは挺対協が慰安婦支援団体とは名ばかりの〝政治団体〟であることを物語っている

 慰安婦問題は、2015年、朴槿恵政権との間で「最終的かつ不可逆的」合意が結ばれたが、重要なことは、これまでのように日本側の一方的譲歩でなく、日韓双方が譲歩し合ったことである。これは今後の良い前例となるはずであった。

 合意では、アジア女性基金が政府資金でなかったことへの批判を踏まえ、日本政府として資金を拠出した。これに基づいて韓国政府が設立した財団の理事長が、全ての元慰安婦を説得した結果、約7割が合意を受け入れた。しかし文政権は、残り3割の慰安婦の反対と、〝国民情緒〟を理由に一方的に合意を反故にした。7割の慰安婦は、この合意によって、自分の一生の苦労を過去のものとして、安らかな老後を送りたかったのではないか。

◇平穏な時期もあったが

 日韓の間にも平穏な時期がなかったわけではない。21年前の1998年、当時の金大中大統領が訪日し、小渕総理と『日韓パートナーシップ宣言』を発表した。韓国ではそれまで禁止されていた日本文化の紹介が認められ、様々な交流が活発となった。この合意の前提となったのは、日本が民主主義国となったことを認めた点である。金大中氏以外の大統領の時代には、日本が軍事大国化するとの認識が広められてきた。

 90年代にソウルの大使館で政治部長を務めていた私は、大統領就任前の金大中氏と数回会っている。印象的だったのは73年の『金大中事件』にまつわる話だ。

著名な民主化運動家だった金氏を、韓国中央情報部(KCIA)が東京で拉致、船で韓国まで連れ去った事件だが、彼は私に「移送中、後ろ手に縛られて海に捨てられる寸前、日本の自衛隊機が上空で〝威嚇飛行〟してくれたおかげで命拾いした」と再三語っていたのだ。

彼の話が本当かどうかはわからないが、今日のレーダー問題における韓国側の主張を思えば、何とも皮肉なエピソードである。金大中氏が、軍政の被害者だから、日本の民主化を認められたのだろう。

 2003年に金氏を継いで大統領となったのが盧武鉉氏である。人権派弁護士であった彼は、小泉首相の靖国参拝に反発し、次第に反日姿勢を鮮明にする。盧氏の反日行動のうち、特に深刻な影響を残したのが竹島問題だ。06年、国連のアナン事務総長と会談した盧氏は、竹島について「日露戦争当時、日本に強制的に占領された」と訴えた。本来純粋な領土問題であったものを日本の侵略、軍国主義と結び付け、〝歴史問題〟へと格上げしたのだ

 竹島問題は、1952年、初代大統領の李承晩氏が一方的に海洋境界線、いわゆる『李承晩ライン』を設定し、その中に竹島を取り込んでから対立が始まった。盧氏がそれを戦前の日本の侵略と結びつけた結果、竹島に関する日本側のいかなる言動に対しても、韓国は格段と強い反発を示すようになったのである

 その後、韓国が日本に不満を感じるたび竹島問題を持ち出すようになる。2012年8月、李明博大統領が自ら竹島に上陸したのだ。李氏は、慰安婦問題に関する日本の対応に不満を抱いていた。私は当時、駐韓日本大使として勤務していた。以前から日韓間で問題が生じるたび、多くの韓国国会議員が竹島に上陸しており、大統領による上陸の可能性についても事前から噂されていた。そこで日本大使館では、韓国側の要人と会うたびに「国家元首による上陸は、日韓関係に致命的なダメージを与える」と忠告し、取り止めるよう求めてきた。

 ところが前日になって突然、大統領が上陸を強行することが報道関係者に伝えられた。これを聞いた私はまず公使に指示して、韓国外交通商部のアジア局長に真偽を確かめさせたが、局長は何も知らないと言う。

そこで私自身が、外相と大統領府外交安保首席の携帯を鳴らし、真偽を確認した上で上陸断念を要請しようとした。だが、彼らは居留守を使い、大使である私の電話にすら出ようとしなかった

◇文在寅大統領の特異性

 昨秋、韓国側は突如、海自による国際観艦式での旭日旗の掲揚自粛を求めてきた。「戦前の日本軍を連想させる」との理由からだが日本は戦後すでに2回、堂々と旭日旗を掲げて韓国主催の観艦式に参加しているし、その時は何の問題も起きなかった

 日本を重視する大統領なら、このような行動を止めるはずだが、現在の文在寅政権は逆に、煽っている。

以前の大統領が反日に転じた背景には、日本の政治家の歴史認識についての発言や靖国参拝等に失望した、などという彼らなりの理屈があった。初めから反日だった大統領は初代の李承晩くらいではないか。

 ところが、現在の文在寅氏は、就任当初から反日的な政策を取り続けてきた稀有な大統領なのである。それは、今年の年頭の記者会見を見ればわかる。文氏は、日韓の共通認識であった、基本条約がすべての問題を解決したことを否定した。

さらに、日本に謙虚になれと言った。これは、日本は韓国の言うことをすべて開けということと同義語ではないか

文氏は、徴用工問題でも日韓関係を崩壊させつつある。大法院が新日鉄住金に賠償を命じると「司法府の判断を尊重する」として、三権分立を強調し、大法院判決という既成事実を盾に、日本に対応を促そうとしているのだ。

 しかし、この判決自体、文大統領が仕組んだものだ。彼自身がかつて原告弁護団に名を連ねており、一昨年の就任100日目の記者会見では日本企業への個人請求権は「消滅していない」と述べ、歴代大統領の解釈を初めて変更した。さらに、大法院長に、左翼色が強く、大法院裁判官の経験すらない地方裁判所所長を任命した。今回の徴用工判決には「歴史の見直し」と「積弊の清算」を唱える文氏の政治信念が反映されている。

 徴用工判決は、慰安婦間題よりもはるかに深刻な影響を日韓関係に及ぼす。判決理由として「日本の植民地支配は不法であるから、過酷な労働、精神的苦痛に対する慰謝料は請求できる」とした点は大きな禍根を残すだろう

◇無体な要求は断固拒否

 植民地支配は有効だったか無効だったか――。この問いは、1965年の日韓交渉の過程で終始議論してきた基本問題である。結果として双方が妥協し「もはや無効」という表現で決着させた。両国はその合意に基づいて50年以上協力を進めてきた。それを政権が代わった途端、十数人の左翼系裁判官によって一方的に〝初めから無効だった〟と断じられたのだ。これでは安定した外交関係は維持できない

 元徴用工らはすでに14件約70社を被告として訴訟を起こしており、同様の判決が次々と出ている。また、新日鉄と三菱重工に対しては資産の差押え請求もなされた。韓国政府が認定した元徴用工は22万人と言われるが、朝鮮人の徴用開始は戦争末期になってからで、多くは自ら募集等に応じてきた人々であり徴用工ではない。そうした人々まで訴訟を起こせば、日本企業に甚大な損害を与え、日韓の経済関係は崩壊しかねない

 65年の交渉の場では、個人に対する補償は韓国政府が行うと約束し、実際に補償も実施されたのだが、そういった事実は韓国メディアでほとんど報じられていない。むしろ元徴用工の苦労や悲しみに寄り添うべきとの情緒的な報道が多い。

 国民情緒を前面に出し、韓国独特の論理により国際法と条約の常識を逸脱して既成事実を作り上げ、日本の譲歩を迫る。この構図は慰安婦問題の時と全く同じである。そのため、韓国として妥協の余地がなくなり、ゴールポストを動かし続ける。これでは韓国政府が日韓関係に配慮した対応はできないのも当然である。

 それ以上に厄介なのは、文氏による反日的な言動は、日本への反発ではなく、彼自身の原理原則、政治信条に基づいていることだ

 このような政権と、日本はいかに接するべきか。〝韓国なんか勝手にしろ〟〝報復すべき〟との世論が日本でも高まっている。しかし日韓関係に関しては、短期的な視点ではなく長期的な視点で考えなくてはならない。

 まず、重要なのは文政権と韓国国民とを分断させることである。文政権の無体な要求は断固拒否する。それにより日韓関係が短期的に一層悪くなってもやむを得ない。これまで韓国は、世論を背後に強く出れば日本は降りてくると考えてきたし、実際に日本は一歩ずつ譲歩を重ねた。その場合にも、韓国国民が文政権と同調しないようにすることが肝要である。

 具体的には、徴用工について日韓で財団をつくるような話は断る。そして、韓国が日本企業の資産差押え等の暴挙に出れば、国際司法裁判所への提訴や、何らかの報復措置を実施する

ただ、韓国国民を敵に回すような施策は避ける。そこで一番有効なのは、文政権の北朝鮮への融和策が国連制裁破りと結びついていると国際社会に訴えることかもしれない。

 他方、文化交流や人的交流について韓国の人々は極めて前向きに考えている。大統領が代われば外交関係も変わる。真剣に韓国の国益を考える大統領であれば、日本との関係を見直すはずで、関係は急速に改善する。今、韓国に対する全面的な報復措置は日本の国益に対してもマイナスに働く。

 結論として、文政権に対しては毅然と対応しつつ、日韓関係は粛々と進めていくのが最善の道であろう。