(朝鮮日報 2019/01/13)

社会部=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)部長

 ソウルにある朝鮮時代の宮殿「昌慶宮」と同時代の歴代国王たちが祭られている「宗廟」の間には今、栗谷路という大きな車道があり、この二つは地続きになっていないが、栗谷路を地下トンネルで通し、地上には歩道を造って、昌慶宮と宗廟を元通り地続きにする工事が現在、行われている。専門家の百家争鳴的な主張に振り回され、9年間にわたりあっちを掘り、こっちを掘りして来年やっと完成する。道路拡張費用を含めて完成までに854億ウォン(約85億円)かかる。昌慶宮と宗廟の間にはかつて、歩道橋があった。この歩道橋のおかげで人々は不便なく行き来していた。だから、昌慶宮などの入場者の便宜のため工事をしているわけでもない。

 解放(日本による植民地支配からの解放=日本の終戦)後に栗谷路が造られて昌慶宮と宗廟が分断されたのだったら、現在のような工事はしていないだろう。日本による植民地支配時代に栗谷路ができて二つに分断されたために、日本による「風水断脈説」が加わって民族的事業となった。同説を事実として広報したのは文化財庁だ昌慶宮公式ホームページの説明に「日本が宗廟とつながっている部分に道路を設け、(風水の)脈を断った」と書き、各報道機関もこれに同調した。

 栗谷路の当時の名称は6号線だった。1932年の開通当時、この道路は現実問題として必要だった。今の大学路が京城(ソウル)の教育・医療の中心地として作られ、帝国大学・病院・官立専門学校が建てられた。光化門近くの行政中心地と教育・医療の中心地を結ぶ最短の動線が6号線だった。道路開通をめぐって朝鮮王家と日本の総督府が対立した時、朝鮮の報道機関は王家に好意的ではなかったという研究がある。市民の便宜と王家の便宜のうち、どちらが重要なのかが問題であって、風水が議論の中心になったことはなかった。日本による植民地時代を奴隷の歴史として学んだ人々にとって、この事実を受け入れるのは難しいだろう。

 この時期について研究したヨム・ボクキュ氏の論文「植民権力の都市開発と伝統的象徴空間の毀損(きそん)をめぐる確執の様相と意味」には、「民族の脈を断つために昌徳宮と宗廟を切り離したという主張は、実在しなかった民族感情を想像したものに過ぎない」という文章が出てくる。存在していなかった虚像を、後世の人々が想像の中で加工し、実状として作り上げたという意味が込められている。ソウルは今、このような想像のために854億ウォンを使っている。徳寿宮は「なかった道」を「あった道」にする魔法までかけた。

 風水断脈説を語る時、必ず登場するのが景福宮だ。金泳三(キム・ヨンサム)政権が朝鮮総督府庁舎を撤去する際に掲げたスローガンも「民族精気回復」だった。このような主張には、日本が景福宮の南北に朝鮮総督府庁舎や総督官邸を建てて王家の脈と民族の脈を断ったという観念が反映されている。風水師の目にはそう見えるかもしれない。しかし、景福宮が最も華やかだった時、王室と官庁の末端官吏までが権力を振りかざし、税金などを厳しく取り立てて国が滅びた。韓国が解放されたのは、総督が住んでいた官邸の風水が悪いからではなく、日本が無謀にも大国に挑んで原子爆弾を2発落とされたからだ。日本による植民地支配が残した庁舎や官舎が解放後に韓国政府の司令部として使われた時、韓国は類を見ない成長を成し遂げた。それを撤去した後にどのような精気がよみがえり、どのような栄華を謳歌(おうか)したというのか

 「大統領府がある場所(景福宮の北側)は風水が悪いから歴代の韓国大統領は不運だった」と言われる。大統領府の光化門移転を推進した兪弘濬(ユ・ホンジュン)元文化財庁長の認識がそうだというのだ。植民地支配時代末期、ここで生活した日本人総督も不運だった。敗戦後、3人のうち2人が戦犯として逮捕され、終身刑を受けた。1人は獄死した。この不運について、「韓国で暮らしていた場所が良くなかったからひどい目に遭った」と言えば、韓国人はあきれるだろう。戦争犯罪を起こし、その罪を償ったのだ、と。同じ場所で暮らす韓国大統領も風水が悪いから不運だったのではない。強大な権力に酔って悪行を重ねたり、周辺管理に失敗したりしたからだ。濁流のように押し寄せる権力をもがき、あえいで振り払っても、権力の府に漂う不運を避けるのは難しい。

 34歳の5級公務員である韓国大統領府行政官が、韓国陸軍参謀総長を喫茶店に呼び出し、軍の人事について協議したという。現政権初期に起こったことだ。同席した大佐は准将に昇進した。高麗時代の文臣・金敦中(キム・ドンジュン)が大将軍・鄭仲夫(チョン・ジュンブ)のひげを燃やした時もそれほど若くはなかった。「行政官が陸軍参謀総長に会えない理由はない」という大統領府の弁明を聞くと、今や「ドジョウ」1匹の逸脱行為ではなく、権力の府で日常茶飯事となっていることのようだ。「世間の目を気にせずにとんでもないことを言う人物のバックには大統領府の誰かがいる」という話が飛び交い、ほかの人物の兵役問題はさまざまな出来事のスパイス程度に取り上げられていたが、そのうちタブーになってしまった。風水専門家の又石大学キム・ドゥギュ教授は「時代精神や民心が背を向ければ、光化門庁舎も九重宮殿(世間とは切り離された、幾重もの門の奥にある宮中)になる」と語ったが、今の大統領府はますますそれに近づきつつある。

 現政権が発足してまだ何年もたっていないのに、もう風水のせいにしているのだろうか。大統領府が九重宮殿になるのは広いからでも、遠いからでもない。その中の人々が外に対して耳を閉ざし、味方ばかり集めて他者を排斥し、耳打ちをした瞬間、大統領は帝王となり、大統領府は孤立し、権力にたまった濁った水は腐っていく。


「昌慶宮」と「宗廟」の位置↓(右下寄り)と栗谷路
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