【こちら特報部】世界遺産「明治日本の産業革命」 韓国の市民団体が異議
(東京新聞 2018/08/17)

 韓国の市民団体が、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の登録削除を訴えている。2015年の同遺産の登録時、日本政府は韓国に対し、多数の朝鮮人が強制的に動員された徴用政策を説明する情報センターを設置すると約束したにもかかわらず、まだ設置されていないことを問題視している。他方、朝鮮人への過酷な待遇を否定する証言を紹介する日本の民間団体も登場した。戦時中の日本の加害責任との向き合い方が問われている。(中沢佳子、安藤恭子)

◇「軍艦島の登録削除を」

 「韓国市民団体、軍艦島の世界遺産登録削除要請へ」。韓国紙の電子版に三日、こんな記事が掲載された。二〇一五年、世界文化遺産に登録された軍艦島などの「明治日本の産業革命遺産」について、韓国の市民団体「文化遺産回復財団」が登録削除を求めるという内容だ

 理由は、第二次世界大戦中に朝鮮人労働者を強制徴用したことや、徴用政策を含めた遺産の歴史全体を紹介する施設が開設されていないためという。同団体のホームページでも、日本を視察したことが報告され「自画自賛一色。国際社会に登録削除を求めようと考える」と主張している。

 言いがかりのようだが、主張には根拠がある。同遺産は軍艦島と呼ばれる端島(はしま)炭坑(長崎市)など、幕末から明治にかけての重工業の発展を示す九州など八県の二十三資産群で構成される。だが、韓国政府は日本の推薦時から、「自国民が強制労働をさせられた場が含まれている」と強く反発し、外交問題に発展した

 日本政府は、登録の可否を最終決定する国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会に「意思に反して連れて来られ、厳しい環境下で働かされた朝鮮半島出身者がいたこと、戦時中に政府として徴用政策を行ったことが理解できる措置を講じる」「犠牲者を記憶にとどめるため、適切な措置を説明戦略に盛り込む」と表明。韓国側も日本政府の宣言を「誠実に履行すると信用する」と応じてようやく決着した。同委員会も一五年七月「各資産の歴史全体について理解できる展示戦略にすること」と条件付きで登録を認めた。つまり、施設の設置は、日本の国際公約なのだ

◇徴用政策紹介「公約施設が未設置」 政府は都内に計画

 これを受け、日本政府は一九年度中にも、「情報を集約して発信する拠点にふさわしい」として東京都内に「産業遺産情報センター」の設置を決定。一七年十月に有識者会議を設けて報告書をまとめ、場所を新宿区若松町の総務省の施設とした。五百平方メートル程度の展示スペースが確保できるという。

 ただ、二十三の資産のうち二十一は山口県と九州各県に集中する。東京という選択は疑問視されなかったのか。

 内閣官房「産業遺産の世界遺産登録推進室」に尋ねると「東京の施設は総合的な情報センターの役割。異論は出なかった。関係各地のビジターセンターと連携した展示を考えている」と説明。展示内容は「個々の資産の紹介ではなく、一つの遺産として全体の価値が分かる形にする」と話すが、具体的な中身は「東京を含め未定」という。

 多くの朝鮮人が動員された九州から遠く離れた東京に施設を造ることに韓国側は「遺憾」を表明しており、摩擦が再燃しつつある。世界遺産委員会も今年六月、同遺産の保全状態を確認するための情報を一九年十二月一日までに提出するよう日本政府に求めた決議で「関係当事者国との継続的な対話」を求めている

◇民間団体「共に労働」一体感を強調
◇朝鮮人労働者 九州・山口で20万人超

 日本国内では、日韓の約束とは逆行するような動きも起きている

 「軍艦島は地獄島ではありません」―。財界関係者らでつくり、世界遺産の登録を推進してきた一般財団法人「産業遺産国民会議」は二〇一七年、運営するウェブサイト「軍艦島の真実」で、朝鮮人が強制的に連行され、過酷な労働に従事させられたことを否定するメッセージを発した。

 「誰が世界に誤解を広げたのか」「誰が軍艦島の犠牲者なのか」「誰が歴史を捏造(ねつぞう)しているのか」と題した三本の映像を公開し、日本語、英語、韓国語で伝えている

 「誰が誤解を広げたのか」の映像は、複数の元島民の証言で構成される。「日本人と朝鮮人は一緒に働いた」「景気が良く、家族連れで来た」「みんな友達。差別したことはない」…。共同体としての一体感が、強調された内容だ。

 韓国の市民団体や博物館で、過酷な労働をする炭鉱の日本人の写真が、朝鮮人と取り違えられた事例も取り上げ、「ありもしない被害を訴え、世界に主張する宣伝を許しません」などと訴えている。

◇人権侵害に向き合わず
◇被害者は「逃げられぬ監獄島」

 「戦時期に朝鮮人の集団移入(強制連行)があった史実も示されず、動員された人々の証言も出てこない。元島民らの郷愁を利用し、観光地化に向けた、都合の良い歴史を導いている」。三つの映像をこう問題視するのは「明治日本の産業革命遺産・強制労働Q&A」の著書がある、浜松市の近代史研究者、竹内康人さん(六一)だ。

 実態はどうだったのか。竹内さんは石炭業界の組織「石炭統制会」や、在日朝鮮人の統制組織「中央協和会」の統計などを分析。一九三九年から四五年までの間に、九州・山口に集団移入した朝鮮人の炭鉱労働者は、二十万人を超えると推計した。

 軍艦島の端島炭坑に連行された朝鮮人男性の証言によれば、ケーブル線による殴打などの暴力と脅迫で入坑させられた。食事は八割の豆かすと玄米を混ぜた飯とイワシ。「逃げることができない監獄島だった」と訴える。別の男性は「逃げれば、皮膚がはがれるほどたたかれた」と証言した。

 だが、「戦時の朝鮮出身者の徴用は、国際法上の強制労働にあたらない」というのが、日本政府の認識だ。こうした政府の姿勢が、「軍艦島の真実」の主張にも反映されている、と竹内さんはみる

 「戦時の軍艦島は、単なる『仲の良いコミュニティー』ではなかった。強制労働の真実を否定すれば、さらに被害者らの心を苦しめる」と訴える。「産業革命遺産の歴史を描くのであれば、明治期のみを取り上げた産業化の自己賛美ではだめだ。甘言や暴力によって、強制的に動員された戦時中の被害者の視点も取り上げ、人権と平和に関する教訓を得るべきだ」

 親日的とされる台湾でも今月、初の「慰安婦像」が設けられた。日本への批判はなぜやまないのか。

 明治学院大の阿部浩己教授(国際人権法)は、「朝鮮人徴用工や慰安婦の問題には、共通していることがある。それは植民地下で損なわれた人権をどう考えるのか、という被害者たちの問い掛けに正面から向き合ってこなかった、日本政府の姿勢だ。その結果、東アジアの市民の反発を招いてきた」とみる。

 阿部教授によれば、一九九〇年代以降、世界では、歴史を支配者側の視点ではなく、奴隷や女性、障害者といった弱者の人権を尊重する立場から、問い直そうとする動きが主流となってきた。

 「朝鮮人の強制労働の事実を認めない日本政府の対応は、こうした国際社会の流れからみれば、異様に見える。被害者の人権を尊重し、歴史を検証しようとする姿勢がなければ、これからの日本が東アジアの平和や秩序に貢献できるはずがない。ますます孤立化するだろう」と警告した

〈デスクメモ〉
 安倍首相は全国戦没者追悼式で今年も「加害」に触れなかった。このあからさまな欠損が、日本が過去に犯した罪を忘れまいと、アジア諸国の人々に固く決意させるのではないか。経済ももはや一流ではなく、戦後七十三年、過去の加害の反省すらできない国に、明るい未来などない。(典)2018・8・17

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2015年07月25日