(聯合ニュース 韓国語 2018/08/05)

・日本人移民110周年記念事業…「韓国・中国の移民者差別しているのか?」

ブラジル,サンパウロのある地下鉄の駅名に『日本』表記を使用したことをめぐり、議論になっている。

4日(現地時間)、ブラジルのマスコミによれば、サンパウロ地下鉄公社は前日、市内のリベルダージ(Liberdade)という地下鉄の駅名を『日本‐リベルダージ(Japao‐Liberdade)』(ジャポン‐リベルダージ)に変えた

今年の日本人ブラジル移民110周年を記念するため、サンパウロ州知事が先月24日地下鉄の駅の名前変更を決めた

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これに先立ち、先月18日からはサンパウロ市長の決定により、地下鉄の駅周辺の広場の名前が『リベルダージ広場(Praca da Liberdade)』から『リベルダージ‐日本広場(Praca da Liberdade‐Japao)』に変わった

リベルダージは草創期の日本人移民者が集まって住んでいた所だ。日本風の街灯が立てられていて『日本通り』と呼ばれ、日本人移民者団体と文化施設、レストラン、商店街などがたくさん入っている。

しかし、韓国と中国などアジアの他の国の移民者が増え、リベルダージの姿はずいぶん変わった。特に中国人が運営するレストランと商店街が急速に増えて日本人商圏はほとんど消え、今は『アジア人地域』と呼ばれる

このような状況を考慮して、SNSでは地下鉄駅名変更に否定的な反応が出ている。韓国と中国の移民者を差別しているという指摘も提起されている

韓国人が運営するあるインターネットメディアには、サンパウロ市内の韓人タウンであるポンヘチル地域から近い地下鉄の駅名前にも『韓国』を表記するように努力しようという主張が提起されたポンヘチル近くの地下鉄の駅名を『チラデンテス(Tiradentes)』から『韓国‐チラデンテス(Coreia‐Tiradentes)』に変えようという意見だ

しかし、日本人移民者がブラジル社会で占める比重と役割を認めなければならないという見解もある。

ある日本人移民者団体関係者は、地下鉄の駅と広場の名前の変更のために長期間精魂を込めたと紹介し、「日本人移民の歴史は110年に達し、ブラジルの発展のために寄与した点が認められた」と話した。

ブラジルは日本列島を除いて日本人が最も多く居住する国だ。ブラジル内の日本人移民者は160万人を越えるとされており、そのうち相当数がサンパウロ州に居住している。(機械翻訳 若干修正)


(ニッケイ新聞 2018/08/03)
※サンパウロ市に本社を置くニッケイ新聞(高木ラウル社長)は週5回の日本語日刊紙で、平均約8ページです。公称発行部数(紙印刷版)は約1万部。(会社概要より)

 戦争中に強制立ち退きさせられたコンデ・デ・サルゼーダス街に代わって、戦後に〃日本人街〃として発展してきた聖市リベルダーデ区。その中心であるリベルダーデ広場が先月18日、ブルーノ・コバス市長の署名により「リベルダーデ・ジャポン広場」と改名された。加えて24日には、州令によりメトロ一号線(青)のリベルダーデ駅が「ジャポン・リベルダーデ駅」に改名され、ブラジル日本移民110周年の節目に相応しい大きな〃遺産〃となった。

 「リベルダーデは我らが日系人の住処であり、地盤でもある。リベルダーデ・ジャポンの名のもとに、中国人も韓国人も皆が一緒になってサンパウロ一の見本となる街を作り上げていきたい」――先月28日、第40回を迎えた七夕祭りで、リベルダーデ商工会議所の池崎博文会長(90、熊本)は、そんな願いを短冊にしたためた。

 同広場改名の動きは、昨年5月頃に始まった。90年代以降、中国人や韓国人が急増しつつあるなか、「日本移民が築き上げてきた東洋街の特徴が失われる前に、なんとか名前を残しておきたい」として広場改名案が浮上した。

 池崎会長を筆頭に日系社会からの強い要望を受けた羽藤ジョルジ、太田正高、林ロドリゴ・ゴラール、ミウトン・レイチ市議が共同で法案を提出。ジョアン・ドリア前市長により今年初旬に一度否決されていたが、再度、議会での審議を通過し、コバス市長の署名によりこのたび正式に発効した。

 広場の名称変更には、ドリア前市長との間に一悶着があった。移民110周年記念官民合同事業を議論する聖市行政関係者と主要日系団体代表者の会議で、日系社会の消極姿勢にドリア市長(当時)が癇癪を起こした。広場名称変更をするには東洋街活性化の費用を日系社会の誰かが負担すべきと市長が詰め寄り、誰も手を上げない中、池崎会長が「活性化の責任を引き受ける」と宣言した一幕があった。

 その結果、池崎会長は東洋街活性化事業に自費で20万レアルを払い、今後3年間はACALが広場の〃養父役〃となり保全に責任を負うことになった。既に広場の歩道の修復などが行われ、鈴蘭灯の取替えなども順次行われる見通し。来月末にも改名を記念した碑が広場に建立され、今後、標識が順次変更されていく予定だ。

 池崎会長は「地盤や拠点といえる場所がなければ、日系社会が根無し草になり、『聖市のために』という志も薄れてしまう。どんなに変容しようとも、名前さえ残しておければ、ここが日本人街だったことは忘れられない。中国人や韓国人は将来をここに託そうと本気で商売をしかけている。だからこそ皆で団結して良い街を築いていきたい」と思いを語った。

□記者の眼□名称変更は「黒人奴隷への冒涜」との奇論も?!

 G1ニュースサイトは8月1日付けで「リベルダーデの広場とメトロにジャポンを加える名称変更にSNSで批判が生じている」と報じた。匿名の日系人弁護士が投稿した批判が注目を集めているというのだ。

 フェイルブックとツイッターで拡散され、「いいね」ボタンが約5千、シェアーが2千以上に及び、思わぬ波紋を呼んでいるとか。

 その日系人弁護士は「この決定は、植民地時代に処刑された黒人奴隷への冒涜だ。この広場は日系人がやってくるずっと前から断頭台の広場と呼ばれ、逃避したり有罪判決を下された黒人奴隷が処刑されていた。そのような経緯からリベルダーデと呼ばれるようになった」とし、「この地区に住んでいるのは日系人だけではない。数知れない中国人や韓国人、その子孫も住んでいる」と主張している。

 「リベルダーデ」名は残るのだから「黒人に失礼」というのはおかしいし、メトロのコリンチャンス・イタケーラ駅も同サッカーチームファン以外もたくさん住んでいるのでは?

 もちろん多様な意見は尊重されるべきだ。だが事情も分からないまま、「いいね」ボタンを押す人がいっぱい居る風潮の方が問題か?!(深)

□関連コラム□大耳小耳

 バストスの農場から出聖後、一世ながら、洗濯屋からはじめて化粧品販売業界の中心人物にまでになった立志伝中の人物、池崎博文会長。13年には売りに出ていた東洋街の象徴ニッケイパラセ・ホテルを買収し、「愛する街」を守ってきた。長年ACAL会長を務めてきた関係もあって、七夕祭りなどに招待された歴代の聖市市長は、池崎会長のことを「リベルダーデの市長」との愛称で呼んでいる。