(東京新聞 2018/07/15)

安心なコメ守れるか
「産地で競ってきたからこそ」

 米などの安定供給を支えてきた主要農産物種子法が、四月に廃止された。政府は、種子ビジネスへの企業の参入促進を目的とするが、種の生産普及を担ってきた都道府県の役割の根拠が失われたことで、将来的に多国籍企業が日本の種を駆逐するのではないかと不安も広がる。地域の種を守ろうと、種子法に代わる新たな条例を設ける自治体があるほか、市民や農家が各地で学習会を開き、種を問い直す動きも出始めた。(安藤恭子)

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民間参入促進狙うが 安定供給の根拠失う

 「コシヒカリ、つや姫、ゆめぴりか…。種子法を基に産地で競ってきたから、多様でおいしい米が手ごろな値段で供給されてきた。どうやって安全安心な米の生産を続けていくのか。もう自給はあきらめるのか。次の世代のために、みんなで考えてほしいんです」

 種子法の廃止を受け、昨年発足した市民団体「日本の種子(たね)を守る会」の会長を務める八木岡努・JA水戸組合長(五九)はこう訴える。

 種子法は戦後の食糧難を経た一九五二年に制定され、稲・麦・大豆の優良な種子の生産普及を都道府県に義務付けてきた。国民に安定的に供給するため、都道府県が種を開発し、優秀な種を「奨励品種」と定め、農家に提供してきた。

 JA水戸は「コシヒカリ」「ふくまる」など四種の稲の奨励品種の種子生産を行う県内六つの種場(たねば)農協の一つ。県の研究所で大本の種となる「原原種」が作られ、増殖させた「原種」がさらに種場の特定農家のもとで増やされ、県内の米農家に販売される仕組みだ。

 「開発開始から消費者に届くまで十年以上かかる。コシヒカリと言っても、他県のコシヒカリとは違う。水戸の水、気候、風土に合った、この土地の種だ」と八木岡さんは胸を張る。

 JA水戸では、城里町に種子の加工センターが置かれ、北部かつら部会の五十四人の農家が生産を担う。秋に収穫された稲の種もみはセンターに運ばれ、乾燥後の発芽審査で発芽率が90%以上なら合格。中身がスカスカの種や色の悪い種を取り除き、出荷される。

 「普通の米より収穫を遅らせ、ばんばんに熟したのが良い種になる。袋に生産者の名前を出して出荷するから、まいて育たなければ苦情も来る。売る先も同じ農家で変な種は出せない。責任は重大だ」と小幡利克部会長(六四)は熱く語る。

 こうした厳しい管理の根拠となるのが種子法だった。しかし、昨年四月、衆参両院合わせ、十二時間ほどの委員会審議で廃止が決まった。種子は国の戦略物資であり、開発強化のため民間参入を促す必要があるが、県などの育成品種が優先され、民間参入を阻害している―というのが政府の主張だ。その後成立した「農業競争力強化支援法」では、都道府県などが有する「種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること」も定められた。

 八木岡さんは「廃止は拙速。当面は県も種子供給システムを維持するだろうが、将来的に県の予算や種子生産に携わる研究員が減らされるだろう。これほど手間をかけた種の供給は企業にできない。壊れてしまえば、もう元には戻らない」と危機感を募らせる。

 農家が抱く危機感は単なる臆測ではない。八木岡さんによれば、三十年前、野菜の種は100%国産だったが、現在は九割が外国産に置き換わった。もし今、野菜の種子の供給がストップするような事態があれば、ほとんどの野菜は生産が困難になりかねない。恐れるのは今後、同じことが、日本人の主食である稲でも起きることだ。

不作リスクに備えは
「市場原理にゆだねて良いのか」

 生産者はどう受け止めているのか。七月上旬、山形県南部を歩いた。一面「はえぬき」の緑の穂に染まった田んぼを見やり、白鷹町の種子農家、菊地富夫さん(六二)は「稲も体づくりが終わったところ。垂直にすっと伸びているのがいい種になる」と目を細めた。

 最上川の恵みで水が枯れず、冷害に強い土地の特性もあり、菊地さんの集落の多くが採種農家だ。菊地さんは六・五ヘクタールのほ場を保有し、朝晩水を管理し、雑草を見逃さず、別の米と交ざらないよう細心の注意を払う。「種は命を育むものだから農薬や肥料づけにしたくない。生き物がすめるほど土地を豊かにし、健康な種を作るには労力がかかる」と汗をぬぐう。

 「種の供給が農協などに独占されてきたのは確か。改善すべき点はあるだろう」としつつ「種を計画的に生産し、不作のリスクに備える仕組みができている。毎日食べる米の種まで、市場原理にゆだねて良いのだろうか」と首をかしげる。

 一部の米を自家採種で作る高畠町の新江洋一さん(六九)は「不意打ちだべ。今も種子法廃止の意味が分からない農家がほとんどだ。知見は企業に渡せっていうんじゃ、国益にもならん」と憤る。コシヒカリなどの種を試験的に有機で栽培している南陽市の渡沢賢一さん(六六)は「知らないうちに、種が百姓の手から離れていくようだ。企業から肥料や農薬とセットで種を買わされるようになれば、下請けと同じ。自由が失われる」とため息をついた。

3県が新たな条例/市民は学習会開催

 農家の不安を受け、多くの県が内部規定の要綱などを改定し、当面の種の生産体制の維持を打ち出した。新潟、兵庫、埼玉の三県では種子法に代わる条例を制定するなど、地域の種を守る動きが広がる。野党六党は今国会に種子法の復活を求める法案を提出し、衆院で継続審議とされた。

 市民側の動きも相次いでいる。市民団体「たねと食とひと@フォーラム」が六月、都内で開いた討論会には約百七十人が参加し、関心の高さをうかがわせた。京都大の久野秀二教授(農業経済)は「公的機関の種子事業が弱体化し、種子の価格が上がる可能性もある」と話し、種だけでなく農村を守る観点から、時間をかけて議論を深めていくべきだと指摘した。

 討論会に参加し、自らも種子法の学習会を企画した豊島区の大島ふさ子さん(七七)は「私たち消費者にとっても大切な食料の問題。何が起きるかを知り、話し合いたい」と述べた。

 農業ジャーナリストの大野和興氏は、種子法廃止の影響について「財政難の県が民間の資金を受け入れ、共同研究に乗り出すといった形で、いずれ多国籍企業の稲の種が広がっていく可能性はある」とみる。

 「私たちは外資による種の支配を恐れているが、種と農業資材をセットで輸出する『農業侵略』は、実は戦前の日本が朝鮮植民化政策で行ったことでもあった」と指摘する。朝鮮の気候に合わせた耐冷品種を日本から持ち込み、土地を深く耕し、大量に化学肥料を与える技術をもたらした。しかし、増産された米のほとんどは日本向けで、朝鮮内部の商業的農業は荒廃した

 大野氏は断言する。「種を国単位で考えることは間違っている。土地に合った種を地域の人が作り、食べることで、多様な食文化が生まれてきたのに、資本を主役に置いたアべノミクスの強権的な手配で、種も国益にからめとられようとしている。種を作る人と食べる人が主体となって地域の農業を支えるという視点に立ち戻り、市町村を基礎とした農業政策を国や県に求めていくべきだ」

〈デスクメモ〉
 種子法による米・麦・大豆の種子の供給体制に問題がなかったとは言わない。しかし、各自治体による奨励品種の競い合いは、もはや日本固有の良き文化だった。その基となる種子法の廃止は、国益を失いかねない大愚策。現政権の無能さを、農家と消費者が手を組んで補うしかない。(典)2018・7・15


「朝鮮(日韓併合)」を絡ませるとは、さすが東京新聞ですね。