(文化日報 韓国語 2018/07/04)

犬肉の食用文化は長年の論議の的だ。記録を見れば、朝鮮時代にも犬肉の食用をめぐって賛否が分かれたことが分かる。海外に国内の犬肉食用文化が知らされたのは、1950年の6・25戦争(朝鮮戦争)参戦国によるものだ。1980年代に入り、韓国がオリンピックなど各種国際行事を主催しながら、犬肉食用論議はより一層激しくなった。当時は、「犬肉は野蛮」という一部の国の愛犬家の主張と、固有の文化を認めなければならないという韓国の主張が衝突した。

4日、文献によれば、犬肉は朝鮮時代にも保養食として人気が高かった。ホ・ジュン(許浚)が著述した『東医宝鑑』で犬肉は〈五臓を安定させ、血脈を助ける。腸と胃を厚くし、腰と膝を温める。黄犬の肉が良い〉とされている。実学者チョン・ヤギョン(丁若鏞)も犬肉愛好家であった。特にチョン・ヤギョンは黒山島に島流しにされて生活をしている兄のヤク・チョン・チョン(丁若銓)に送った手紙で「島中に山犬が100匹ではなく、1000匹も越えるはずだが、私がそこにいたならば、5日に1匹ずつ茹でることを決して欠かしません(茶山詩文集)」と書くほどであった。

一方、犬肉を食べる文化を不満に思った人もいた。英祖時代(朝鮮21代国王)の文臣イ・ジョンソン(李宗城)は犬肉は人が食べる食べ物でないと考えた。イ・ユオン(李裕元)の文集『林下筆記』を見ると〈イ・ジョンソンは人の家の宴に参加して『ケジャンク(犬醤汁)(犬肉スープ)』を見て食べないで帰ってきては『客にもてなす料理ではない』と言った〉という記録がある。

海外に犬肉食用文化が知らされて論争が強まったのは、6・25戦争の時からと伝えられる。6・25戦争参戦国は韓国の犬肉文化を非難した。当時、イ・スンマン(李承晩)政府は苦肉の策として、『ケジャンク』と呼ばれていたのを『ポシンタン』(補身湯)という曖昧な新造語に変えた
※1942年頃から出て来たという説もあるようです。

1980年代に入って犬肉は裏路地に追い出される運命を経験する。1986年のソウルアジア競技大会、1988年のソウルオリンピックなど各種国際行事を控えながら、政府が外国人に嫌悪感を与える店舗を整備するという名目に犬肉産業を圧迫したためだ。1984年にソウル市が『ケジャンク』を嫌悪食品に指定して販売を禁止すると、取り締まりを避けるために『ヨンヤンタン』(栄養湯)『サチョルタン』(四節湯)という呼び名も生まれた。しかし、伝統料理を抑圧するという反論が強まり、結局、告示は死文化された。最近では平昌冬季オリンピック開催を控えて犬肉食用をめぐる論争が再演したことがある。(機械翻訳 若干修正)


ポンナル(伏日)(三伏とも)には滋養食としてポシンタン(補身湯)やサムゲタン(参鶏湯)、ユッケジャンを食べます(今はサムゲタンが主流)。今年は初伏が7月17日、中伏が7月27日、末伏が8月16日。

ちなみにユッケジャンクッパの漢字表記は『肉犬醤汁飯』[ユッ(肉)ケ(犬)ジャン(醤)クッ(汁)パ(飯)]。ケジャンク(犬醤汁)の犬肉の代わりに牛肉を入れたのに漢字が読めなくて「犬」を抜き忘れたんですかね。