(日本経済新聞 2018/07/04)

 初夏のタイの首都バンコク。スーパーには日本産の赤いリンゴが並ぶ。「エッセンス」という聞き慣れない品名だが、実は日本を代表する品種「ふじ」だ。輸出を手がけるのは専門商社の日本農業(東京・品川)。社長の内藤祥平(26)は「ふじは世界で中国の品種だと思われているから、あえて名乗らない」と複雑な表情を見せる。

 ふじは日本で育成され、1962年に青森県藤崎町と富士山にちなんで命名された。ただ、植物の特許制度ともいえる種苗法は当時まだ改正前で、中国や米国にも栽培が広まった

 香港で観光客も訪れるヤウマテイ市場。人でごった返す青果店の軒下には最近、「シヤインマスカシト」と間違ったカタカナで書かれた段ボール箱が平積みになっている。日本の農研機構が開発したシャインマスカットは、苗がアジアに流出したことで有名だ

 2月の平昌五輪では、カーリング女子日本代表の選手が「韓国のイチゴはおいしい」と言って話題になった。農林水産省によると、韓国産イチゴの9割超は日本品種を基に開発したという。韓国はイチゴをアジアに輸出し、価格は日本産の約半額と競争力がある。農水省は日本側が韓国で品種登録しなかったために、5年間で220億円の逸先利益があったと推計した。

 ただ、「輸出にかける韓国の姿勢には学ぶべき点も多い」(宮城の農家)。このほどオ-ストラリアは韓国産イチゴの輸入を解禁すると決めた。日本産イチゴの解禁はさらに1年遅れる公算が大きい。「韓国政府の方が先手を打って安全データ提供など熱心に動いてきた」(豪州政府高官)

 6月下旬、米カリフォルニア州で日本酒造りの講習会が開かれた。集まった卸業の米国人は現地で「SAKE」を醸造している。熱弁をふるった南部美人(岩手県二戸市)社長の久慈浩介(46)は、コメの取り扱いや発酵の管理といった高度な技術を説明した。

 日本酒は地理的表示(GI)として日欧経済連携協定(EPA)でも保護が決定。日本産米を使って日本で造らないと「日本洒」と表示できない。SAKEとは名乗れるので海外生産は可能だ。久慈は「ワインを日本人が造るように、日本酒も海外の醸造家を広めるほうが憧れになる」とみる。

 日本で育成した品種を守る努力が必要な一方、海外に売り込むためのマーケティングも欠かせない。板挟みの中で葛藤は続く。(敬称略)