(聯合ニュース 韓国語 2018/07/03)

・映画『ヒストリー』観覧…「日本が過去を清算してこそ北東アジア平和共同体可能」

日本軍慰安婦問題を扱った映画『ヒストリー』を観覧したパク・ウォンスン(朴元淳)ソウル市長が「『終わるまでは終わらない』という映画の中のセリフが記憶に残る」としながら、日本の謝罪と過去の清算を促した

パク市長はこの日、往十里CGVで『ヒストリー』を観覧した後、ミン・キュドン監督、俳優キム・ヘスク(金海淑)と共に観客との対話に参加した。

『ヒストリー』は、1992年から6年間、日本,下関と釜山を行き来して日本政府を相手に厳しい法廷闘争(別名『関釜裁判』)を行った慰安婦おばあさんらと、これらのために戦った人々の話だ。日本政府を相手に行った数多くの法廷闘争の中で唯一、一部勝訴を受けた裁判だが、あまり知られていない。

※関釜裁判:原告は元慰安婦3人・元女子勤労挺身隊7人の合計10人。1審で慰安婦に一人30万円。挺身隊は敗訴。高裁・最高裁で慰安婦も敗訴。

パク市長は「まだ日本から謝罪を受けていない中、日本は絶えずあいまいに慰安婦問題を終わらせようとしている」とし「映画が慰安婦被害者の目標はお金ではなく名誉、自尊心ということを十分に示していた」と観覧の所感を明らかにした。

彼は「関釜裁判は偉大な裁判だった」とし「映画の中のセリフに出たように、必ず勝ってこそ勝つのではなく、責任を問い弁論するすべての過程がもう一つの歴史」と話した。

パク市長は、1990年代初めから日本軍被害者のための法的支援活動に参加するなど、慰安婦問題に多くの関心を持ってきた。被害者おばあさんらと共に東京に行って刑事裁判起訴のための告発状を出したし、以後、日本政府と責任者7人に有罪を宣告した国際市民法廷である2000年の『日本軍性奴隷戦犯国際法廷』(女性国際戦犯法廷)で韓国側検事として活動した

これを知っているミン・キュドン監督は、慰安婦被害者を支援する活動家の姿を描写する際、パク市長の活動を参考にしたと明らかにしたこともある

パク市長は「国家間の関係は多面的で複合的であるため、慰安婦被害者に対する謝罪を受けていないといって、すべての関係を断絶することはできない」とし「永遠に敵対的で、お互いに憎む関係になってはいけないため、不幸の歴史を越えなければならない」と話した。

引き続き「東アジアがヨーロッパ連合(EU)のように超国家的共同体を作ることは不可能なことでない」とし「それには加害者が先に謝罪しなければならない。過去をきれいに清算してこそ平和共同体を作ることができる」と強調した。

ミン監督は『ヒストリー』を作ることになった契機について「おばあさんが一人二人と去って心せいた」とし「解放後に帰ってきた人々の話、証言などを調査しながら、忘れられた関釜裁判の存在を知るようになった」と話した。

彼は日本政府の誤りを一部でも認めた“歴史の一線”が忘れられて行くことが残念でならず、シナリオを書き始めたといった。

ミン監督は「映画の中でいう『道義的責任』は日本政府に向けた指摘でもあるが、我々自らに向けたものでもある」とし「直接問題に関与していない時、責任を負わないとする気持ちがあるが、私たち自らこのような心構えを持てば、日本政府に強力に(謝罪を)要求できない」と話した。

映画が扱う時期は1998年までだ。当時、日本裁判所は1審判決で慰安婦被害者3人にそれぞれ30万円(約300万ウォン)ずつ支給することを政府側に命令したが、被害者に対する公式謝罪要請は認めなかった

以後、5年間続いた控訴、上告の末、1審判決が覆されて、関釜裁判に参加したおばあさんは日本政府から何の謝罪や補償を受けることができなかった

昨年4月には裁判に参加した慰安婦被害者の中で最後のイ・スンドク(李順徳)おばあさんが亡くなった。生存する慰安婦被害者はもう27人だ。(機械翻訳 若干修正)

別記事より
・朝日新聞 平成10(1998)年4月28日?
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・山口合同新聞 平成10(1998)年4月28日
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