(東京新聞 2018/06/14)

 十二日の米朝首脳会談。成果の乏しさを指摘する声があるが、その分、これから中国、ロシア、韓国など関係国を交えた外交戦が活発化するだろう。そうした中、足場すらないのが日本だ。北朝鮮との最大のネックは拉致問題だが、安倍政権の圧力一辺倒路線は行きづまった。対話の流れに加わるしかないが、そのためには拉致問題のみならず、植民地支配の清算もうたった日朝平壌宣言に立ち戻るしかない。(安藤恭子、皆川剛)

◇圧力一辺倒「拉致打開に無策」
◇米と一体化の外交 見直し必要

 米朝首脳会談後、トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が署名した共同声明に、拉致問題の記述はなかった。会見でトランプ氏は「(拉致問題は)もちろん提起した。今後取り組まれるだろう」と述べるにとどまった。

 同日夜にトランプ氏から電話で説明を受けた安倍首相は「拉致問題について私からお話をしたことを言及いただき、高く評価している」と語ったが、あくまで米朝首脳会談のメインテーマは非核化と朝鮮戦争の終結。日朝二国間の問題である拉致問題がどの程度、扱われたのかは不透明だ。

 そもそも、自国民の安全の問題を他国に「委ねる」姿勢自体が、国際常識から外れている。

 拉致問題を最重要課題と位置付ける安倍政権は、北朝鮮に対し「圧力一辺倒」で臨んできた。今年一月の外相会合では、河野太郎外相が各国に断交を訴えた。

 昨秋の総選挙では、北朝鮮の脅威を「国難」とあおって支持を伸ばした。五月の日中韓首脳会談では、国連安全保障理事会の制裁決議の履行継続を求めて、対話重視の中韓両国と温度差が生じた。だが、圧力と拉致問題解決が具体的にどのように結びつくのか、その戦略は不鮮明だった。

 「対話のための対話では意味がない」と繰り返してきた安倍首相。だが、その姿勢は、今月七日の日米首脳会談後の会見で突然、反転する。

 トランプ氏が「『最大限の圧力』という言葉はもう使わない」と発言すると、安倍首相は「日朝平壌宣言に基づき、不幸な過去を清算し、国交正常化し、経済協力を行う用意がある」と直接会談に言及した。

 「この間の日本の圧力政策が、全くの無策に終わったことを思い知らされた」。元拉致被害者家族会事務局長の蓮池透(とおる)さん(六三)は冷めた声でそう話す。

 圧力一辺倒の弊害は、交渉のパイプづくりや情報収集を阻害することにある。今回の米朝首脳会談を実現させた背景にも、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領の仲介とともに、ポンペオ前中央情報局(CIA)長官(現国務長官)と金英哲(キムヨンチョル)党副委員長の水面下での交渉があった。

 蓮池さんは「小泉純一郎元首相の北朝鮮訪問や日朝平壌宣言の実現にも、田中(均・元外務審議官)氏の三十回以上にわたる北との秘密接触が不可欠だった。官邸主導で圧力をかけ続けてきた結果、仮に日朝首脳会談が実現しても、拉致が『解決済み』かどうかの水掛け論から始めねばならないだろう」とみる。

 小泉政権や第一次安倍政権で安全保障担当の内閣官房副長官補を務めた柳沢協二氏は、今回の米朝首脳会該を「大国が力ずくで意思を押しつけるのが難しい世界になった分岐点だ」と位置付ける。その上で、「米国と軍事的に一体化し、その力を背景に一方的な願望を並べ立てるような日本の外交姿勢の見直しが必要だろう」と指摘した。

◇日朝対話へ転換の時

 米朝首脳会談で、朝鮮半島情勢は戦争勃発の瀬戸際から対話へと大きく流れが変わった。先行きは不透明だが、今後、関係各国による外交戦が活発化する。

 二〇〇七年の日朝国交正常化交渉に当たった元外交官の美根慶樹(みねよしき)氏は「敵対関係にある首脳同士が懸案を事前に詰めずに会うというのは極めて異例だが、互いに不信感の塊という状態を解くにはよかった。対話による関係改善の第一歩になった」と会談を評価する。

 同時に「日本はこの間、拉致問題解決には圧力が必要という姿勢を崩さず、外交の手を自ら狭めてきた。国際情勢の変化に取り残され、それではうまくいかないという局面を見せつけられた」と分析する。

 米国が対話へと舵(かじ)を切る中、北朝鮮は五月、拘束していた米国人三人を解放した。この動きは示唆的だ。

 いま一度、拉致問題をめぐる動きを振り返る。大きく動いたのは〇二年の日朝首脳会談だ。現職首相として初めて訪朝した小泉氏が平壌で当時の金正日(キムジョンイル)総書記と会談し「日朝平壌宣言」に署名した。この会談で、金総書記は日本人の拉致を初めて認めて謝罪する。

 宣言では国交正常化に向け、「不幸な過去を清算」「懸案事項を解決」を並べた。それぞれ日本の植民地支配、拉致問題を指す。だが、日本では後者のみが沸騰し、前者は退けられた。

 翌月には被害者五人が帰国。小泉首相は〇四年に再訪朝し、被害者家族の帰国を実現させたが、その後、日本側の調査で横田めぐみさんの遺骨が別人のものと判明し、日朝関係は悪化。〇七年の中断以降、国交正常化への動きは止まった。

 美根氏は「拉致問題を『解決済み』とする北朝鮮に対し、日本は調査を求める立場。日朝間で協議を始めなければ、この矛盾は解決できない」と強調する。

 ただ、協議の形については有識者の間でも意見が分かれる。美根氏は首相の具体的な行動を求めるが、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)」の西岡力会長は拙速な首脳会談を避け、実務者間の水面下交渉による「拉致被害者全員の即時一括帰国」の確約を優先すべきだとの考えだ。

 西岡氏は「これまでも北朝鮮はうそをついてきた。今後の非核化にあたっても核兵器を隠し、時間稼ぎするかもしれない」と警戒しつつも「米朝会談で日本の拉致問題と経済協力が組み込まれたことは評価する。非核化の進行は米朝の協議を注視するが、日本としては拉致被害者全員を帰さない限り、カネも出さないと主張すべきだ」と話す。

 両氏とも日朝平壌宣言に立ち返る必要性は認識するが、西岡氏は「国交正常化の前提は核問題と拉致問題の解決」とし、美根氏は「安全保障情勢も変化し、協議すべき課題は多い。対話を通じ、解決策を見いだすしかない」と述べる。

 一方、歴史学者の和田春樹東大名誉教授は、速やかな国交正常化を求める。和田氏は一四年の米国とキューバのように制裁を維持しつつ、東京と平壌に大使館を置いて、核・ミサイルや経済協力、拉致問題の交渉を始めるべきだとする

 「北朝鮮は『ハリネズミ国家』。大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射後、米国は軍事的手段を取ってもおかしくなかった。拉致被害者家族にもそれは脅威だったはずだが、日本は米国を全面的に支持し、対立をあおった」と批判する。

 和田氏は「拉致問題の解決は、被害者の安否を含めた真相解明にある。それは北との対話抜きには実現できない。安倍首相は平壌宣言に立脚し、植民地支配への損害と苦痛への謝罪を前提として、交渉に臨んでほしい。ただ、首相にそのうえで新たな日朝関係をつくっていくだけの覚悟はあるだろうか」と問い掛けた

〈デスクメモ〉
 モリカケ疑惑で、政府がウソをついても驚かなくなった。でも、G7首脳会議でのマクロン仏大統領の投稿写真にはのけぞった。首相が活躍という官邸のPRに反し、大詰めの議論の場に安倍首相の席すらないのだ。朝鮮半島情勢もしかり。政府とは距離を置いた冷静な観察が必要だ。(牧)2018・6・14


ネット版の記事では「日朝平壌宣言に立ち返る」なのに、紙面では「平壌宣言に立ち戻れ」と命令形なんですね。
tokyo20180614geaghlierhgle


〈デスクメモ〉の写真は日刊ゲンダイが嬉々として報じていたものですね。

(日刊ゲンダイ 2018/06/11)

(略)閉幕前の8日にマクロン仏大統領のツイッターに投稿された写真が世界中で物議を醸している。

hdjhdjhsjh;r611120440338

 写真には、各国首脳が書類片手にトランプと膝詰めで議論している様子が収められているが、なぜかどこにも安倍首相の姿が写っていないのだ。マクロンのツイッターには「Where is ABE?」などと疑問の声が寄せられている。

 写真は通訳を退席させた際の一幕らしいが、ロイター通信社が撮った写真にも安倍首相の姿はない。安倍首相は閉幕後の会見で「膝詰めで直接本音をぶつけ合った」と話したが本当か。まさか、トランプべったりの姿勢を見透かされ、“カヤの外”に追いやられたわけでは……。