(朝日新聞 2018/05/26)

 トランプ米大統領の米朝首脳会談中止の決定は、南北首脳会談の成果を米朝首脳会談につなげ、朝鮮半島の非核化や、休戦協定を平和協定に換えることを目指した文在寅(ムンジェイン)韓国大統領に打撃となった。文氏は米国と北朝鮮の「橋渡し役」を自任してきたが、戦略の練り直しを迫られている

 「当惑するとともに、非常に残念だ」。文氏は24日夜、国家安全保障会議を開き、米朝首脳にあらためて直接対話を促すとする声明を出した。

 2日前、文氏はワシントンでトランプ氏と会談。正恩氏の非核化の意思は固いとして、「米朝首脳会談の開催をめぐる北朝鮮の意思は疑う必要がない」と太鼓判を押し、楽観ムードの維持に努めていた。それが帰国するや否や、当のトランプ氏から中止を突きつけられた

 トランプ氏の前で金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長を側面支援した文氏や韓国政府も、北朝鮮と十分に意思疎通できていたとはいえない。

 韓国政府関係者によると、南北の高官レベルの連絡は、北朝鮮が米韓合同軍事演習への不満を理由に高官協議の開催を「無期延期」した5月16日以前から途絶えていた。

 大統領府の文氏の執務室の机の上には4月下旬、正恩氏とのホットライン(直通電話)が置かれたが、会話が交わされたことはない。「橋渡し役」をしようにも、肝心な正恩氏の真意を確かめるすべはなかった

 文氏は正恩氏との南北首脳会談で、8月15日の南北離散家族再会事業の実施や、文氏の秋の訪朝、南北鉄道連結事業の推進でも合意。支持率は約80%まで上がった。

 しかし、その多くは米朝首脳会談が開かれて対話ムードが続き、米国によるテロ支援国家の指定解除や、国際社会からの経済制裁が緩和されることが前提。文政権の南北政策が歴代政権と違うのは、南北だけでなく米国を巻き込んだことだったが、ここにきて「米国頼み」が裏目に出ている

 外交問題に詳しい韓国の金英秀(キムヨンス)・西江大教授は「文氏は自らを朝鮮半島問題の仲裁者であり、運転者の役割を果たすと言ってきた。だが、運転席に座っているのではないことが明らかになってきた」と話した。(ソウル=武田肇)

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 ■トランプ流、実務協議軽視のツケ

 「過去の過ちを繰り返さない」。トランプ米大統領は、口を開くたびにこう繰り返してきた。北朝鮮の核開発問題を史上初めて解決するには、歴代大統領と同じでは通用しないと考えた。元外交官たちからすれば、度肝を抜かれる「非常識」なやり方だった。

 3月8日。トランプ氏が、金正恩朝鮮労働党委員長の提案を受け入れて首脳会談に応じると決めたとき、政権内で協議した形跡はない。米政府関係者によると、国務省高官はもとより、ホワイトハウス高官にも「寝耳に水」だった。

 外交の常識からいえば、核開発のような複雑な問題は、現場の外交官が実務協議を重ね、最終的に首脳間で合意するもの。しかし、トランプ氏には、彼らはすでに「失敗した」という不信感がある。国務省の外交官を遠ざける一方で協議を任されたのが、ポンペオ氏(現米国務長官)率いる中央情報局(CIA)だ。

 政権内は一時、楽観的なムードに包まれた。ポンペオ氏の2回目の訪朝の際、北朝鮮は米国人3人を解放。ポンペオ氏は正恩氏と計3時間余り話して手応えを感じ、トランプ氏に、「歴史的なことができるチャンス」と伝えた。トランプ氏は「(会談は)大成功するだろう」と豪語し、ノーベル賞すら意識し始めた。

 潮目が変わったのが、16日に北朝鮮が発表した首脳会談の「再考」を示唆する談話だ。トランプ氏は裏切られたと怒った。このころ水面下での交渉は暗礁に乗り上げていた。

 トランプ氏は翌17日、正恩氏への不信を抱きながらも体制保証を表明。北朝鮮のつなぎ留めを図った。それでも流れは中止に向かう。北朝鮮が24日の談話でペンス副大統領を「ダミー(まぬけ)」と非難。怒ったトランプ氏がこの日の早朝、正恩氏あての書簡を口述筆記させた。同日の米ワシントン・ポスト紙(電子版)はトランプ外交を「戦略なき即興」と評した。(ワシントン=園田耕司)

 ■ホテル肩すかし、警官ら休暇

 開催予定地のシンガポール 会談の開催地となるはずだったシンガポールでは困惑が広がる一方、安堵(あんど)の声も聞かれた。

 会談中止の発表から一夜明けた25日朝、国内の警察官には、警戒態勢を解除し休暇を認めるとの通達があった。地元大手紙ストレーツ・タイムズが報じた。

 シンガポールでは、6月は学校が休暇に入る行楽シーズン。開催地に決まる前から外交関係者らは「治安や警備を考えると悪夢のように大変だ」と懸念していた。国防省職員は「どれだけの人員が警備に待機しなければならないか想像して気が遠くなる思いだった。ほっとした」と語った。

 シャングリラホテルやマリーナ・ベイ・サンズといった、会場になる可能性があると報じられたホテルは、会談前後は満室状態。新規予約は受け付けていなかったが、25日朝までに予約できるようになった。

 高級ホテルの営業担当者は「シンガポールが話題になるチャンスだったので残念。だが、うちが会場に選ばれていなくてよかった。予約を断っておいて、突然開催中止になったら大打撃だった」と話した」と話した。