(朝日新聞 2018/05/16)

 日本のテレビ局は、中国や韓国に乗っ取られている――。九州国際大(北九州市)の西川京子学長(72)が、憲法をめぐる集会でこんな発言をした。教育機関トップの口から飛び出したのは、ネットで横行してきた典型的なデマ。大学側は黙認するが、専門家は「あり得ない」と批判する。

 発言があったのは、今月3日に福岡市内で行われた改憲派団体「美しい日本の憲法をつくる福岡県民の会」の集会。「女性の会代表委員」として登壇した西川氏は、日本のテレビ局の建物に中国や韓国のテレビ局が入居していることを問題視し、「完全に乗っ取られているんですね。以前は一部だったのが、いま中枢にいるんですよ。(憲法改正は)この人たちとの戦い」などと述べた。

 発言後、報道陣から発言の根拠について問われた西川氏は、かつて所在地の一覧表を見た際、日本のテレビ局と海外の支局が同じだったと指摘。「番組編成上、影響がないとは言えない」と主張した。だが、海外の放送局が放送内容にどう影響を与えているのか説明はなかった。「軽率では」との問いには、「そんなことない。私が単に疑問に思ったんだから」と答えた

 西川氏は元自民党衆院議員。文部科学副大臣の経験があり、知名度が高いことなどから2016年10月、九州国際大の学長に起用された。九国大は1930年開設の「九州法学校」にルーツを持つ伝統校。アジアとの交流に力を入れており、昨年5月現在、中国や韓国を含む7カ国・地域の大学と協定を結んでいるという。

 大学によると、発言が報じられた後、電話とメールで賛否双方の意見が十数件寄せられた。西川氏に改めて取材を申し込んだが、担当者は「学長としてではなく、個人としての発言だった」と説明。西川氏や副学長ら幹部で検討した結果、「大学としてコメントは特にしない。取材も受けられない」と回答した。

■テレビ局「互いに完全に独立」

 テレビ局の「乗っ取られ論」は、数年前からネット掲示板やブログで書き込みが相次ぐ

 その「証拠」として示されているのが、日本と海外の報道機関の所在地が箇条書きに15件ほど並んだ一覧表だ。日本側の本社と、韓国側の東京支局の所在地が一致する。日本の報道機関の建物内に中国のテレビ局が入っているとの書き込みもある。

 2012年3月の参院総務委員会では、自民党の片山さつき氏が「KBS(韓国放送公社)の誤報をNHKがそのまま流した」とした上で、「KBSの日本のオフィスはNHKの中にある。それが影響しているかどうか知りませんけれども」などと発言した。

 同居が放送内容に影響を与えることはあるのか

 NHKによると、KBSのほか、CCTV(中国中央電視台)、米ABC、英BBCなどに東京都渋谷区のNHK放送センター内のスペースを有償で貸している。協定を結び、ニュース素材を相互に交換することはあるが「番組編成で協力したり、番組内容に注文を受けたりすることは一切ない」と説明する

 韓国YTNと米CBSの東京支局がテナントとして入るTBSは「言うまでもなく、編成や編集は互いに完全に独立している。(影響を受けることは)全くない」。韓国MBC、台湾テレビが入居するフジテレビも「協定を結び、ニュース映像の相互提供をしているが、ニュースに関する情報や編集方針の共有は一切行っていない」と否定した。

 西川氏の発言について、ネットでは「完全に妄想」と批判が広がる一方、「本当のこと」「偏向報道は中韓に乗っ取られているとしか思えない」などと賛同する声も上がる。

 ジャーナリストとして日本テレビなどで取材をしてきた水島宏明・上智大教授(テレビ報道論)は「番組や放送内容に他局の人が指示を出すことはあり得ない」と話す。こうしたデマが広がるのは、取材源や取材過程などをオープンにしない既存メディアの事情に納得できない視聴者や読者がいるからとみる。

 「もやもやしているところに『韓国のメディアと同居』と知らなかった事実を根拠として説明されると、フェイクでも信じてしまうのでは。ただ、今回は大学の責任ある人の発言。残念だし、学生が気の毒」と話した。(安田桂子、岩崎生之助)