(朝鮮日報 2018/05/10)

ペ・ソンギュ政治部長

 小学生の息子とその友だちが2人の人名を挙げ、どちらが好きかを一斉に叫ぶという遊びに興じていて、トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(きむ・ジョンウン)の名前が挙がると、5人中4人が「金正恩!」と叫んだ。同盟国の大統領ではなく、北朝鮮の独裁者を選んだのだ。先月の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金正恩による南北首脳会談が童心にも影響を与えたのだろう。

 インターネットとソーシャルメディアはもっとすごいことになっている。金正恩について、「かわいい」「好印象だ」「今まで誤解していた」といった擁護コメントが相次いだ。「金正恩を愛する会」まで誕生しそうだ。一部からは「統一後の大統領候補だ」といった賛辞が聞かれる。金正恩の写真やグッズも人気だという。不思議な「金正恩シンドローム」だ

 今月4日のギャラップの調査によれば、金正恩に対する考えが「以前よりも良くなった」との回答が65%に上った。コリアリサーチの調査では金正恩に対する信頼度が77.5%に達した。

 政府・与党も先頭に立っている文在寅大統領は「金委員長はざっくばらんで礼儀正しかった」と述べた。共に民主党の秋美愛(チュ・ミエ)代表は「金正恩の姿に感激した」と語った。「親しみを感じ、オープンな心」「老練で熟達している」「痛快で突破力を感じる」といった称賛も聞かれた。徐薫(ソ・フン)国家情報院長は現場で涙まで流した。

 金正恩はわずか数カ月前まで大陸間弾道ミサイルを撃ちまくり、韓国を「核の火の海」にすると脅していた人物だ。今回板門店での共同宣言では非核化の「核」の字もなかった。ところが、会談が終わるや、まるで金正恩が「平和の伝道者」にでもなったかのように韓国側が先に持ち上げている格好だ

 非核化会談に向けては、相手に対する礼遇は必要だ。しかし、相手がどんな人物なのかを冷徹に見抜かなければ、交渉は成功しない。北朝鮮の政権はこれまで何度も核開発と挑発の中断を約束しながら一度も守らなかった。金正恩は4回の核実験、60回以上の弾道ミサイル発射の末、「核保有国」を宣言した。叔父を殺害し、実の兄まで生化学兵器で殺した。玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)元人民武力部長を居眠りを理由に銃殺するなど、政府幹部100人以上を粛清する残酷さも見せてきた

 ところが、首脳会談でのいくつかの発言や笑顔だけを見て、「独裁者金正恩」をいつしか忘れてしまったようだ。皆が「集団忘却症」にでもかかったようだ。一部からは既に「在韓米軍撤退論」も出ており、北朝鮮との経済協力推進を主張する意見も相次いでいる。非核化が始まってもいないのに、気が早いと言うほかない。

 これは非核化交渉で致命的な毒になり得る。北朝鮮と金正恩がまるで正常な国家の民主的な指導者であるかのような幻想を抱いては困る。金正恩が非核化に善意を抱いていると考えることも危険だ。それに頼った交渉は迷宮入りするはずだ。

 金正恩が南北、米朝首脳会談に臨んだのは、国際的な制裁で袋小路に追い込まれたからだ。最近、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の幹部は、韓国政府関係者に対し、非核化交渉が実現した背景について、「中国による制裁同調が痛かった」と明かしたという。北朝鮮は今でも内部では「核保有国としての地位を認めてもらい、米国と交渉を行う」と宣伝している。

 「人はなかなか変わらない」-。3代世襲に加え、核を持つ独裁者が自ら変わるというのは難しい。しっかりと見据えなければ、過去の北朝鮮との交渉と同様、再びだまされかねない。非核化は長く険しい道だ。相手を前にして、我々が内面から進んで武装解除してはならない。


相変わらずのようですね。

二〇〇〇年、平壌で南北首脳会談(六月十三~十五日)が実現した空港まで金大中を出迎えて笑顔で接見する金正日の姿、初めて耳にした肉声の歯切れのよさ、自ら先頭に立っての歓迎ぶり、会見でのユーモアと人情味に溢れる言葉、年長者をたてる礼儀をわきまえた態度。韓国人には最初から最後まで驚くばかりの好印象が続いた。「うまく話せない人」「臆病で人前に出られない性格」「突発的に何をするかわからない人物」など、半世紀にわたる臆測がこのときに根底から覆された。
※金正日:1941年2月16日生 金大中:1924年1月6日生

 金大中前大統領は、南北首脳会談以前から「金正日総書記は相当な判断力と識見を備えている」と語っていたが、国民はそっくり同じ印象を南北首脳会談のテレビ映像を通してはっきりと感じとった。さらに、同年十月に平壌を訪問したアメリカの国務長官オルブライトが、「彼(金正日)は他人の話を傾聴する立派な対話相手だ。彼は実用主義的で決断力があるという印象を与えた」(『中央日報』二〇〇〇年十月二十四日)と述べたという報道が、金正日を「なかなかの国際的な指導者」と感じたのは我々韓国人だけではなく、国際的な評価でもあったのだという認識を大いに広めさせることにもなったのである。

 こうして「金正日は父親の権威だけが頼りの不詳の息子」の印象は消え去り、「礼をつくす人・徳のある人・きちんと善悪で物事を判断する人」などの評価が高まり、その印象は「とても優れた指導者」へと一変したのである。そのときから韓国では、金正日についてのさまざまなエピソードが語られるようにもなった。

 人前に出ることが少なかった真相は父・金日成への遠慮だったのだ、あの独特なジャンパー・スタイルは謙虚に人民的な素朴さを表す高度な自己演出だったのだ、金正日が出席する会議ではいつもユーモアで溢れるそうだ、部下に声を掛けるなどの気配りも欠かさないそうだ、人心掌握術にたけた配下に信頼厚い指導者のようだ……などなど。

 北朝鮮のウェブサイト『ウリ民族キリ(われわれ民族同士』によれば、金正日は南北首脳会談の歓送昼食会で、韓国の長官の名前を一人一人呼びあげながら「南北共同宣言をきちんと履行するよう願いたい。そうでなければ、共同宣言が紙切れになってしまう。うまく履行しないようなら、私が南に行って長官をやるからな」と述べたそうである。このように「金正日は下の者への気遣いを十分に心得、豊かなユーモアを振りまく好人物」といったエピソードが、韓国のテレビや新聞でしばしば紹介されている。
【呉善花「韓国の暴走」】