(メディアウォッチ 韓国語 2018/03/23)

・ソウル市・ソウル大・カン・ソンヒョン教授は嘘を付いたのか...日本、中国でむしろ“虐殺説”否定する証拠発見

日本のあるメディアが最近、聖公会大のカン・ソンヒョン教授が発見して、ソウル市・ソウル大がマスコミに配布した『慰安婦虐殺』資料と関連し、中国現地で1次史料まで直接確認した結果、『虐殺』という表現は全く発見できず、むしろ虐殺説を否定する証拠を発見したと明らかにした

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日本,沖縄県の地域新聞である『八重山日報』は去る14日、〈日本軍に虐殺されたとする朝鮮人慰安婦30人が生存し、国民党軍の捕虜になったとする当時の新聞を発見した〉と報道した。

八重山日報は、沖縄の県庁所在地の那覇の元自衛官で、〈長年、慰安婦問題を追究する奥茂治が、中国雲南省の博物館や図書館を回り、関連書籍の入手やマイクロフィルムを確認した〉と明らかにした。

先立って、ソウル市とソウル大人権研究センターは先月27日、国際会議を開催しながら『日本軍による慰安婦虐殺』が発生したとし、関連映像を公開した。すでに死亡している女性たちの死体を画面に含んでいる問題の映像について韓国側は「米国立文書記録管理庁の資料を入手し、中国軍人が虐殺された慰安婦の死体を埋葬する様子」と主張した。国内の大半のマスコミはこうしたソウル市とソウル大の説明を大々的に報道した。

特に、『ハンギョレ新聞』インターネット版は先月28日、〈日本軍が「慰安婦」被害者を虐殺したという記録は、当時中国国民党の機関紙『掃蕩報』(1944年9月18日)など一部のメディアの記事として残っている〉と主張した。

しかし、八重山日報は〈奥氏が3月初旬に雲南省で確認したところ、慰安婦関連の記述は1944年9月20日付の記事にあったが、虐殺したという記述はなかったという〉としながら、さらに〈1944年8月から10月までの記事を確認したが、日本軍の虐殺を示す記述はなく、韓国メディアで指摘された『掃蕩報』の9月18日付の紙面にも見当たらなかった〉と報道した。

中国のマスコミは、虐殺でなくむしろ慰安婦を『捕虜』として見ていたことを指摘したと八重山日報は伝えた。

〈奥氏は「紙面では慰安婦を虐殺ではなく、捕虜にしたとある。日本軍は玉砕したので、中国軍は慰安婦を捕虜にした」と説明。慰安婦については「日本軍は全滅したが、婦女子は逃がしたとする説は多い。虐殺したというのは韓国の宣伝戦だ」と主張した。〉

実際、八重山日報が公開した奥氏が中国雲南省で発見したという中国国民党の機関紙『掃蕩報』の1944年9月20日付記事の写真を見ると、右側に漢文で〈朝鮮人女性30人が投降した〉(「随軍営妓朝鮮女人三十多摑」?)と記述されている。

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事実、カン・ソンヒョン教授が公開した動画は、公開当時からその信憑性に疑問が提起された。まず、今回の映像と写真の公開は“初”ではなく、すでに公開されものを二番煎じにしたに過ぎないという指摘から出てきた。該当資料はすでに20年余り前にも『慰安婦虐殺記録』と関連し、写真は『女性のためのアジア平和国民基金』が発行した『「慰安婦」問題調査報告・1999』に収録された論文、『雲南・ビルマ最前線における慰安婦達-死者は語る』ですでに紹介されたことがあるというのだ。

また、当時発表された論文でも、写真の説明に〈(死体の)大部分の女性は日本軍基地にいた朝鮮の女性達である〉と記載されていた。撮影者も中国国民党軍と同行したアメリカ人であるため、正確な情報であると見るのは難しいという反論がある。

※論文の該当部分「米軍の写真部隊が付けたキャプションには、撮影の日付は1944年9月15日で「埋葬を行おうとする中国兵が、騰越で殺された女性を前に不審に思ってたたずんでいる所」(原文の注を参照、英文スペル判読の難しい所あり)と、「大部分の女性は日本軍基地にいた朝鮮の女性達である」という説明が付けられている。」

何より、日本軍側の資料には朝鮮人慰安婦を殺害したという記録が存在しない。この点については、日本が不利な記録を廃棄したのではないかという主張も可能になるのは事実。しかし、先に述べた調査報告書は「こちらで慰安婦18人(台湾人3人、朝鮮人2人、その他は日本人)が中国国民党軍の捕虜になった」と記録している。この記録は言い換えれば日本軍が慰安婦を組織的に殺害しはしなかったという証拠になり得る

日本の『夕刊フジ』は去る3日、ジャーナリストである石井孝明氏を通じて、ビルマ戦線に直接参戦した日本軍将校の回顧録の一部分も根拠として見出して報道した。

〈北ビルマで戦った陸軍第33軍の参謀、野口省己少佐は手記『回想ビルマ作戦』(光人社)を残している。同著によると「慰安婦約20人が拉孟で死亡したもよう」という報告に、同軍作戦参謀の辻政信大佐は衝撃を受け、慰安婦などの民間人を後方にさげるよう、反対を抑えて実行した。辻は戦史に頻繁に登場する有名な軍人で、有能さの半面、捕虜への残虐行為でも知られる。その彼でも慰安婦を虐殺する発想がなかった。日本軍にその動機はない。〉

このように論理的な矛盾が大挙現れた中、今回は日本人が直接中国現地で1次史料を発見して『虐殺』という表現は登場しないという点まで明らかにしたのだ。さらに〈朝鮮人慰安婦女性30人が投降した〉という記録は、日本軍が本当に慰安婦を集団殺害したとすれば決して起きないことだ。

『慰安婦虐殺』資料の信頼度が大きく揺れ始めると、今回の動画発掘公開の主人公である聖公会大東アジア研究所カン・ソンヒョン教授は、突然、自分が極右派から脅迫にあっているという主張をマスコミを通じて展開している状況だ

カン教授は『アジア経済』とのインタビューで「夜遅く家に入る時は思わず左右を見回すようになった」としながら「数年前から慰安婦関連資料の研究結果を公開するたびに脅迫メールが途方もなく殺到する」と発言した。

しかし、カン教授が今しなければならないことは、脅迫にあっているとしてマスコミとインタビューをすることではなく、無数にあふれる論理的な反論と反論史料に対し、誠実に答えることだ。それが学者として責任ある姿勢だからだ。そのようにできないならば、カン教授は学者ではなく反日扇動屋という非難を聞くことになることを避けることはできないだろう。(機械翻訳 若干修正)


2018年03月12日