【こちら特報部】北朝鮮漂流漁民の亡骸の行方
(東京新聞 2018/01/17)

 年が明けても、北朝鮮からとみられる粗末な漁船や乗組員の遺体が日本海沿岸に流れ着いている。十六日も石川県警は、十日に金沢市の海岸で見つかった木造船から七人の遺体が見つかったと発表した。こうした漁船や遺体などはその後、どう扱われているのか。北朝鮮の核やミサイル開発で日朝関係は緊張が続いているが、名もなき民の亡骸(なきがら)を前に、私たちの人道主義の在り方もまた問われている。(安藤恭子、大村歩)

◇命の重みは同じ

・秋田の寺で仮安置 住職「供養きちんと」

 秋田県男鹿市。日本海を見下ろす丘の上に曹洞宗洞泉(とうせん)寺がある。この寺に市内の海岸に漂着した十人の遺骨が仮安置されている。十人の遺体は昨年十一月から翌月にかけ、北朝鮮からとみられる粗末な木造船の内部などから見つかった。

 本堂にずらりと並ぶ白い骨箱に向かい、小嶋良宣(りょうせん)住職(六二)は毎朝、読経する。

「例年であればご遺骨の受け入れは四、五体。昨年は不思議に多かった」。寺は市の依頼を受け、昭和三十年代から身元不明の遺骨を受け入れてきた。一~二年たっても引き取り手のない場合、寺の敷地内にある市の無縁墓に納められる。

 先月上旬、在日朝鮮人を名乗る女性から寺に手紙が届いた。手紙には「(北朝鮮の)漁業権が中国に売られたため、荒波の日本海に行かなくてはならなかった」などと木造船の背景がつづられ、供養料一万円が同封されていた。ほかにも寺への感謝を記す手紙は数通届き、手を合わせるために寺を訪れた男性もいた。

 「北朝鮮への思いは複雑だろうが、檀家(だんか)さんを含めて、温かな反応が多いことにほっとさせられる。死者の信仰とは異なるかもしれないが、ご供養はきちんとしたい」(小嶋住職)

 十一月二十七日に八人の遺体が見つかった市内の浜辺に向かった。冷たい風。人の姿はない。秋田海上保安部によると、全長約十四メートルの木造船が漂着し、二十代~五十代とみられる男性らが船内から見つかった。死後数カ月が経過し、北朝鮮の十ウォン紙幣やハングルを記した手帳があった。

 地元で生まれ育った無職蓬田勝夫さん(七六)は「あんな粗末な船だから、遭難したんだべなあ。服や漁網は見えたけれど、八人も遺体が入っていたとは」と驚きを隠さなかった。タコを捕っていた漁業者の男性(五五)は「死んだ人はかわいそうだ」と話した。

 遺体が見つかった四日前、同県由利本荘市の海岸では木造船が漂着し「北朝鮮から来た」と言う男性八人が保護された。蓬田さんは「過去にも北朝鮮による密入国や拉致事件があった。不安だが、こんな長い海岸線をとても守り切れないでしょ」とため息をつく

 捜査が終わった船は自治体が「ごみ」として処分するが、男鹿市では今年に入っても漂着が相次ぎ、回収が追いついていない。二キロほど離れた別の砂浜には、船底とエンジンだけになった船が黒く朽ちていた。

 北朝鮮の漁船は日本海の「大和堆(たい)」と呼ばれる浅い海域付近で、イカやカニを捕獲しているとみられる。

 秋田県漁協船川総括支所の佐藤隆志支所長(五九)は「日本なら百トン、二百トンの鉄製の船で向かう海域。あんな木の船じゃ、しけの日本海では荒波にのまれ、木っ端みじんになる。海に出るなんて、自殺行為だ」と複雑な表情を見せた。

◇不安と同情交錯

・粗末な船 荒波にのまれ昨秋急増

 日本への北朝鮮の漁船とみられる漂流・漂着船は増えている。海上保安庁のまとめによると、二〇一三~一六年の間は四十五~八十件で推移していたが、一七年は百四件。一六年との比較では、船から見つかった遺体は十一体から三十五体に、生存者はゼロから四十二人に急増している

 昨年十一月には、北海道松前町の無人島・松前小島で、漂着した北朝鮮漁船の十人が、漁協の管理小屋から発電機や家電を盗んだとして北海道警に逮捕・書類送検され、船長の男が窃盗罪で起訴された。

 北朝鮮漁船が操業している大和唯は日本の排他的経済水域(EEZ)で、そこでの漁は違法だ従来は水産庁が対応してきたが、北朝鮮側が全く出漁をやめないため、昨年七月上旬からは海保が巡視船を出して警戒に当たってきた

 海保広報室の担当者は「まずは音声や表示板で退去を促し、それでも応じなければ放水する。イカ漁船は多くの場合、甲板上でイカを干しているので放水でぬれるのを嫌がり、逃げる」と説明する。昨年七月から十二月の間に千九百二十三隻を退去させたという。

 大半の船は数十年前の木造の老朽船で、工作員を忍び込ませるわけもなく「基本的に漁船としてとらえている」(海保担当者)

 北朝鮮専門ニュースサイト「デイリーNKジャパン」編集長の高英起(コヨンギ)氏は「北朝鮮で漁業に携わっている人によれば、昨秋は日本海が大荒れだったが、イカなどが豊漁だったため、危険を承知で出漁した船が多かった」と背景を指摘する。

 一部報道では、北朝鮮国内の食糧事情悪化により、出漁が盛んになっているとの観測もあるが、高氏は「北朝鮮国内の食糧事情は、数年前と比べれば改善している」と否定むしろ、国内で仕事にあぶれた人が漁の経験などなくても、一獲千金を狙って船に乗っているのが実態だという

 その結果は海難事故の増加となる。運悪く、命を落とした場合、国交のない異国(日本)に漂着した遺体はどう扱われているのか。

 日本赤十字社によると、漂着漁船で遺体が見つかった場合、同社が当該自治体に連絡し、遺骨返還の仲立ちをしていることを伝達。一方、自治体側から情報をもらい、北朝鮮の国際赤十字組織「朝鮮赤十字会」に照会しているという。

 日赤の担当者は「朝鮮赤十字会側から照会がある場合もある。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の各都道府県支部などが、火葬費用などを負担している場合も多いはずだ」と言う

 だが、一六年に漂着した四遺体の遺骨を北朝鮮側に返還した青森県佐井村の担当者は「火葬やひつぎの費用として二十五万円かかったが、誰が負担するのか頭を悩ませた。日赤を通じて北朝鮮側に請求したが『わが国の誰か、特定できないので払わない』という返事だった」と話した。結局、火葬費用は「行旅死亡人(身元不明の行き倒れ人)」として県が負担した

 「こちら特報部」は朝鮮総連本部にも、取材を申し入れたが「広報担当者が不在」との回答だった。

 静岡県立大の小針進教授(現代韓国・朝鮮社会論)は「違法操業していた死者を、公費で火葬することへの素朴な違和感も分かる」と断った上で「亡くなった以上は、国も歴史も関係なく、弔うという日本の死生観は大事なことだと思う。死者まで敵対視したりすべきではない」と語る。

 前出の小嶋住職も「日本の人であっても、北朝鮮の人であっても、命の重みは同じ。漂着したご遺体は家族のいる自国にも帰れず、お葬式も上げられず、かわいそうだ。どうか安らかにお眠りくださいと願うばかりだ」と述べた。

〈デスクメモ〉
 穏やかな太平洋でも、冬は風が強く、うねりも高い。まして荒海の日本海に粗末な船だ。海に出るには、よほどの事情があったと推測する。窃盗は迷惑だし、スパイを疑いたい人もいるだろう。だが、亡くなった人にも家族や友だちがいたであろうこと。そこにまずは思いをはせたい。(牧)2018・1・17