(朝日新聞 2018/01/15)

 空母や潜水艦を増強し、海軍の遠洋進出を図ってきた中国が近年、潜水艦の輸出を始めている。すでにバングラデシュ、パキスタン、タイのインド洋沿岸3カ国が購入を決めた。中国が長期的に運用を支援し、海洋データの収集も狙っているとみられており、インド洋での中国の軍事的影響力が強まるのは必至だ。

 バングラデシュは2013年に中国から、原子力ではなくディーゼル機関を備えた通常型「明級」の中古潜水艦2隻の購入を決め、昨年3月就航させた。タイも昨年4月、中国製としては明級の2世代後継に当たる「元級」の新造艦1隻の購入を決定さらに2隻購入する計画がある。パキスタンは15年に中国の習近平(シーチンピン)国家主席が訪問した際、8隻を購入する話が浮上。16年に中国側が正式に確認した。8隻は元級で、うち4隻はパキスタンで建造される。

 中国海軍は今世紀に入って、南シナ海など近海の海上優勢を確保する「近海防御」戦略から、太平洋やインド洋などにも作戦能力を展開する「遠海護衛」戦略にシフトしつつある。空母と並んで潜水艦を重視し、13年ごろから、ソマリア沖の海賊対策などの名目でインド洋に派遣してきた。

 さらに、この地域に潜水艦を輸出することで、購入国は中国製潜水艦が停泊できる港湾を建設するほか、専用の補修や補給の設備を整備することになる。いずれも中国の規格に合わせるため、中国海軍の潜水艦が修理や兵器調達のために寄港できる拠点が増えていくことになる。

 潜水艦の運航には海底図や敵艦が発する音の情報、その音が伝わる海水の状態に関する膨大なデータが必要だ。購入国は潜水艦の運用のために中国軍の教官や技術者の協力が必要になるが、中国が彼らを通じて購入国とともにデータ収集に乗り出すとの観測もある。

 海上自衛隊の潜水艦艦長を務めた山内敏秀氏は「米国と同盟関係にある日本が周辺海域で持つデータのレベルまで、中国がインド洋で情報を蓄えるには半世紀はかかる。気の遠くなるような地道な活動の積み重ねが必要だ。本気で一からやろうとしているとすれば、野心的すぎる」と指摘する。(機動特派員・武石英史郎、北京=西村大輔)

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(朝日新聞 2018/01/15)

 インドを取り囲む周辺の国々で、中国から潜水艦を買う動きが広がっている。インド海軍幹部は「まるで潜水艦ドミノだ」と言った。地域大国インドや米海軍の影響下にあったインド洋の軍事バランスがどう塗り替わるのか、警戒感が広がっている。

 ガンジスとブラマプトラの二つの大河がインド洋に注ぎ込むバングラデシュのデルタ地帯の先端部にあるパイラ地区。首都ダッカから車とフェリーで10時間以上かかる地で巨大港の建設工事が始まっている。

 2016年8月に開港が宣言され、中国国有企業傘下の「中国港湾」が浚渫(しゅんせつ)と護岸工事を受注した。港を管理するバングラデシュ海軍の責任者は「中国人技術者10人あまりが10日間、調査のためにやってきた。直後にインド大使館の駐在武官も視察に来た」と明かす。

 中印両国が注目するのは、港の一角が中国から購入した中古潜水艦2隻の母港の候補地になっているからだ。2隻は旧式で、地元の軍事関係者が「欧州製の10分の1の値段」と評するほど格安の1隻100億円余りだった。

 2隻が係留される南東部チッタゴンの軍港は狭く浅い河口にあり、潜水艦には不向きだ。白羽の矢が立ったのが幅5キロほどの河口に位置するパイラだった。

 バングラデシュは長年、隣国ミャンマーやインドとの間で、海洋境界をめぐり係争関係にあった。それが14年までに国際海洋法裁判所の裁定で境界線が画定。海底の鉱物資源や漁業など海洋権益を強く意識するようになった。そこに中国が売り込みをかけた。バングラデシュは中国から長年、小火器や警備艇、フリゲート艦を買っていた。潜水艦購入に踏み切るハードルは低かったとみられている。

 一方、タイ政府の関係者によると、同国が中国から購入を決めた新造艦は約135億バーツ(約470億円)。タイ軍関係筋は「周辺国が潜水艦を持っており、バランスを保つために必要だ」と主張。プラウィット副首相兼国防相は、中国製を選んだ理由について「ほかの国に比べてとても安いからだ」と述べた。

 バングラデシュとタイの潜水艦購入は、両国の間にあるミャンマーを刺激した。タイが購入を発表した直後の5月、軍幹部が潜水艦購入の予定があると記者会見で表明。乗組員の訓練も始めていると明らかにした。中国が有力な購入先とみられている。(パイラ=武石英史郎、バンコク=貝瀬秋彦、ヤンゴン=染田屋竜太)

 ■寄港地確保する意図も

 中国がインド洋沿岸国を中心に潜水艦の売り込みをかける背景には、中国指導部が海洋戦略上、潜水艦を重視していることがある

 中国・北京の人民大会堂で昨年11月に開かれた全国精神文明建設表彰大会。習近平(シーチンピン)国家主席は、道徳的な模範として各界から選ばれた600人の代表の中にある男性を見つけると、すかさず手を取りイスに腰掛けさせ、親しげに談笑した。

 男性は、潜水艦の製造を手掛ける国有企業「中国船舶重工集団(中船重工)」傘下の「719研究所」名誉所長、黄旭華氏(93)。「中国原潜の父」と呼ばれる人物だ。習氏が潜水艦の開発に関心があることを示したとの見方が広がった。

 中船重工は中国の潜水艦戦略を供給面から支えている。近年は国外への輸出に力を入れ、パキスタンとタイが購入したのは、同社製だ。軍事メディアによると、エジプトなど中東やキューバなど中南米諸国も購入に関心を示す。

 中国にとってインド洋は、欧州や中東などとつながる海上の大動脈で、習氏が掲げる「シルクロード経済圏構想(一帯一路)」でも最重要地域の一つとされている。潜水艦の展開にはこのシーレーンの確保に加え、アジアの経済や安全保障面で主導権を争うインドを牽制(けんせい)する狙いがある

 インドとは未確定の国境線を抱え、昨年は2カ月間にわたって中印両軍が国境地帯でにらみ合い、一触即発の状態になった。

 潜水艦の輸出は、寄港地の確保など中国海軍自身にもメリットがあるとみられている。中国の潜水艦は静音性能などの面で開発途上とされるが、北京の軍事筋は、中国製の潜水艦が各国に普及することで「従来は自国でしか得られなかった故障や不具合などのデータが広範に得られるようになる。潜水艦の能力向上に欠かせない貴重な情報となる」とも指摘している。(北京=西村大輔)

 ■インドは警戒 周辺国と外交問題化

 中国の動きにインドは神経をとがらせている。インドは、ベンガル湾に面したビシャカパトナム近郊に原子力潜水艦の基地を建設中だ。中国が海南島に造った基地がモデルとされる

 インド軍によると、中国海軍は13年からインド洋に潜水艦を展開し始め、年2回それぞれ約3カ月間運航しているという。加えて、周辺国が中国から潜水艦を購入したことで、基地の近海を中国軍の教官が乗った潜水艦が潜航することが現実になりつつある。

 インド海軍出身でオブザーバー研究財団(本部ニューデリー)のアビジット・シン上級研究員は「目の前に潜んでいるかもしれないという懸念だけで探知に膨大な労力を強いられる。インドの作戦能力はその分低下する」と指摘する。

 中国の潜水艦の動きは地域の政治外交問題にも発展している。スリランカでは最大都市コロンボの港に14年9月、中国の潜水艦が初寄港した。安倍晋三首相のスリランカ訪問と時期が重なり、波紋を呼んだ。隣国インドのモディ政権が抗議したが、親中派で知られた当時のラジャパクサ政権は翌10月にも寄港を再許可。スリランカの内政に影響力を持つインドとの対立が深まる中、ラジャパクサ大統領は15年の大統領選で予想外の敗北を喫した。ラジャパクサ氏は取材に対し、「中国の潜水艦に過剰反応した隣国が私の追い落としに動いた」と語った。

 昨年5月、モディ首相のスリランカ訪問時期に、中国は再び潜水艦の寄港を打診。スリランカ現政権は入港を断った。インドの軍事筋は「中国はわざと潜水艦を見せ、インドを揺さぶっている」と疑っている。(コロンボ=武石英史郎)