【こちら特報部】特報50年 尖閣周辺 続く緊張
(東京新聞 2018/01/09)

 中国が東シナ海の「日中中間線」ぎりぎりの海域で進める「春暁ガス田」開発を、朝刊一面や「こちら特報部」が報じたのは二〇〇四年五月。海洋進出への意欲を隠さない中国の動きに、日本側の警戒感は高まった。その後、両国で領土ナショナリズムが過熱し、東シナ海をめぐる日中のせめぎあいは激しさを増していく。「国境の海」で今、何が起こっているのか。

854354864646_R

◇強まる中国の海洋進出
◇締め出された漁師「海を返して」

 「尖閣近くにはしばらく行ってないね」

 石垣島(沖縄県石垣市)の八重山漁港で、マグロ漁師の田中博幸さん(五〇)が海を見つめながらつぶやく。

 沖縄本島よりも台湾の方が近い「国境の島」に、東京・小笠原から移住したのは十五年ほど前だ。「マグロを追って来た感じ」。石垣市の行政区になる尖閣諸島のすぐ近くにも好漁場があった。「黒潮の本流なのでキハダマグロがよく取れた。尖闇に行っていたころは今の一・五倍くらいは取れたかな。でも今は、中国の船と海保の船がにらみ合ってる。台湾の漁船も増え、しょっちゅう漁具が絡まるから、近づかない」

 漁師たちの命の海は、荒れ続けている。

 緊張が一気に高まったのは二〇一二年。四月に石原慎太郎都知事(当時)が尖閣諸島の購入を宣言した。九月には民主党政権が尖闇諸島を国有化し、中国側の猛反発を招いた。連日のように中国公船が尖閣付近の領海や接続水域に入るようになった。

 石垣海上保安部も大幅に人員を増強し、巡視船十二隻が尖閣専従で常備にあたるが、いたちごっこが続く。現在は月三回、四隻で二時間にわたる領海侵入のパターンが常態化している。

 中国船だけではない。日本政府は一三年四月、台湾と漁業協定を結び、尖闇付近には台湾漁船が大挙してやってくるようになった。日本側が譲歩する形で、好漁場を台湾側に提供したのは、尖闇をめぐり中台が共闘するのを防ぐための措置とされる

 尖閣付近で漁をする時は海保の警備がつくことになっているが、八重山漁協幹部は「『他のところの警備が手薄になるからできれば自粛してもらいたい』と言われる」と明かす

 一四年度から、漁をしなくても沖合に出て外国船を写真に撮るなど「監視」をすれば、一回につき数万円を支払われるようになった。原資は国が積み立てた基金で、漁場を奪われた漁師らに対する事実上の「補助金」だが、海の男たちのフラストレーションはたまっている。「お金はいらないから、海を返してもらいたい。元通りにしてほしい」。八重山漁港で漁船の補修作業をしていた漁師(七七)は手を止め、語気を強めた。

 石垣島では、陸の要塞化も進められようとしている。防衛省が沖縄の先島諸島に陸自配備を進める中、石垣島にもミサイルを備えた五百人規模の部隊配備が計画されている。街には賛成と反対の双方ののぼり旗がはためく。三月には陸自配備を最大の争点にして、市長選が行われる

 自衛隊配備に反対するマンゴー農家の川上博久さん(六九)は憤る。「地元に関係ないところであおられて、そっとしておくべきことが政治問題化してしまった。日常的にきなくさい地域になってしまった」

◇「平和の海」に変えなければ
◇日中 共同開発の道探る努力を

 中国が海に目を向け始めたのは、「改革開放」へとかじを切った一九七〇年代後半とされる。経済成長のため、資源確保の必要性が高まったからだ。九二年には尖閣諸島を中国の領土とした「領海法」を制定。「海洋権益」を目指す行動を加速させていく。

 南シナ海でも中国は独自の「九段線」を根拠に領有権を主張。南沙(英語名スプラトリー)諸島に人工島を建設し、フィリピンやベトナムと対立している。

 高原明生・東京大教授(現代中国政治)は「これまであまり注目してこなかった海に実は潜在的にさまざまな利益があると気付いた。漁業資源、海底資源、そしてシーレーン(海上交通路)の重要性。それは貿易額が大きくなればなるほど重視される。経済成長で実力をつけるとともに、海に出てきた」と分析する。

 「春暁ガス田」開発は、海洋進出を強める中国を象徴するトピックだった。日本側に衝撃を持って受け止められたのは、それが「日中中間線」の中国寄り約五キロだった点だ

 東シナ海では、沿岸から二百カイリの排他的経済水域(EEZ)が日本と中国で重なる。日本側は中間線を提案したが、中国側はこれを認めず、南西諸島西側に広がる沖縄トラフまでが境界だと主張、境界線は画定しなかった。その中で、「日本側」に埋蔵する資源まで吸い取られる可能性が指摘された

 小泉純一郎首相の靖国参拝などで日中関係は「政冷経熱」と言われていた当時、中国の台頭を目の当たりにし、日本側も穏やかではいられなかった。後に尖閣購入をぶち上げる石原慎太郎都知事(当時)は、報道陣に「日本は資源の競争で鈍い。とにかく後手後手だし、その場しのぎでやってきて結局こういうことになった」と政府の対応を批判した。

 「経済目的だけでなく、もちろん政治的な意味があると思っていた」。元海自隊員で当時、北京の駐在武官だった笹川平和財団上席研究員の小原凡司氏は「春暁」開発を振り返る。「中国は経済を外交戦略の先兵として使う。時には漁船だったり、石油の掘削装置だったりする。装置をつくって周辺を中国の公船がパトロールすれば、中国が経済活動をしている海域である、と。さらにその後方には海軍が備える。これを拡大していくと、中国の権益がある海域、中国が管理・監督する海域という既成事実が積み上がっていく」

 日本側も手をこまねいていたわけではない。〇八年六月、東シナ海のガス田の一部共同開発で合意する。ところが、その年の十二月に尖閣付近の領海に中国公船が侵入。一〇年九月には中国漁船と海保の船の衝突事件も発生し、日中の摩擦は激化。ガス田の共同開発をめぐる政府間交渉は頓挫した。中国側は独自開発を進めている

 国境の海の波はまだまだ高い。だが、日中は昨年十二月、東シナ海での偶発的な衝突を防ぐ「海空連絡メカニズム」の運用開始に大筋で合意。安倍普三首相は中国の現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」に条件が整えば協力すると表明するなど、日中の間合いは少しずつ狭まっている。

 元外務官僚で北方領土交渉に携わった東郷和彦・京都産業大教授(国際政治学)は、東シナ海を「平和の海」にする道はあると説く。「中国にその意思があるならば、両国の法的立場を損なわずに、尖闇についての共同作業に合意することはできるはずだ。十年前に合意したガス田の共同開発に立ち戻るのも一つの手。きちんとした筋道を踏めば、尖闇を象徴的な日中の平和の島に変えていく試みもできるはず。それをやらないのなら何のための外交だろうか」(佐藤大)

〈デスクメモ〉
 一九七八年に来日した鄧小平氏は「われわれの世代には知恵が足りない。次世代の知恵で」と尖閣問題を棚上げし、日中平和友好条約を優先した。それこそ先人の知恵だろう。目先の選挙しか考えない政治家の強腰パフォーマンスには振り回されまい。「友情」なしに知恵も生まれない。(洋)2018・1・9


「十年前に合意したガス田の共同開発」すら日本は何もしておらず、中国が一方的に行っているくらいですから、「尖閣地域共同開発」なんてテーブルに載せた時点で中国領確定ですね。まず、日本は中間線でガス田開発を実際に始めないとね。

2008年06月19日
東シナ海ガス田の日中共同開発は、「日本が譲った」? 「中国の新たな屈辱」?

2017年10月03日