(在外同胞新聞 韓国語 2017/12/20)

社団法人在外同胞フォーラム(理事長チョ・ロンチェ)と在外同胞研究院(院長イム・チェワン)が共同主催し、在外同胞新聞(代表イ・ヒョンモ)が後援した第89回在外同胞フォーラムが去る12月19日、社団法人ヒューマン・イン・ラブの会議室で開催された。

今回のフォーラムではシン・キョンホ(ギョンホ 申景浩 SHIN Gyeongho)日本国士館大学教授(21世紀アジア学部 21世紀アジア学科。秀林外語専門学校・秀林日本語学校校長)が『現代韓日政治、そして東喬キム・ヒス(金熙秀)先生』という主題で発表をした。
※キム・ヒス:1924~2012。慶尚南道昌原市出身。38年に13歳で渡日、東京電機大学を卒業。47年に千代田区有楽町に金井洋品店を開業し、80年代には千代田区などで23棟の貸しビル業。88年に学校法人金井学園秀林外語専門学校・秀林日本語学校を開校。

1983年に日本に留学したシン教授は、当時、留学生連合会幹部として在日同胞企業家キム・ヒス先生と会い、以後30年以上続いた先生との縁を紹介して講義を始めた。

シン教授は「留学生連合会交渉部長をしていた時、キム・ヒス先生に初めて会った」とし、「当時先生は財閥の隊列に上るほど成功した在日同胞企業家だったが、学古房のようなとても小さな部屋にいらっしゃった。自分には非常に質素な方だったが、留学生のために使ってほしいと100万円をさっと渡された」とキム・ヒス先生との初めての出会いについてのエピソードを紹介した。

さらに、彼は格別な民族愛で教育事業や公益事業に支援を惜しまなかった先生の業績、些細なことも逃さず記録する姿勢などキム・ヒス先生の生涯を詳しく紹介した。

シン・キヨンホ教授はまた、現代の韓日関係で台頭した問題を時代別に次のように整理して発表した。▲1980年代、歴史教科書問題、▲1990年代、首脳会談を通じて友好協力関係強調、しかし、独島と従軍慰安婦、漁業協定改正および排他的経済水域(EEZ)設定問題の台頭、▲2000年代、歴史教科書歪曲と独島領有権、慰安婦問題、▲2010年代、続く独島領有権、慰安婦問題、日本の極右化、この40年間の韓日間の問題

特にシン教授は韓日関係で台頭する問題の最も大きな原因として戦後処理がきちんと行われなかった点を挙げた

シン教授は、慰安婦問題についても韓日両国の政治史的なアプローチではなく、世界人類史的な性の不平等や、女性の人権問題としてアプローチするべきだと強調した。また、慰安婦という表現は日本の表現法に従ったもので、国連の性奴隷や他の表現に変えるべきだと主張した。シン教授は慰安婦問題の解決策として日本天王の韓国訪問および謝罪を提示した

独島問題については、イ・ミョンバク(李明博)元大統領の独島訪問が新たな局面を迎えるよにしたと説明した。彼は特に「15年前には日本の新聞は独島という表現を使った」とし、「以後、独島の隣に竹島を共に表記してきて、8,9年前から独島という表現が消え、日本の竹島、竹島とだけ表現するようになった」と説明した。

また、シン教授は、2011年の日本の津波がなかったら、韓日関係や、東アジア関係が新たに確立されたと話した。彼は「私たちに良く知られた日本企業のパナソニックをつくった松下幸之助会長が私財70億円を投じて松下政経塾をつくったが、当時、この学校出身の民主党議員が多かった」とし、「津波によってこれらのマニフェストがきちんと守れず、日本の右傾化がより一層ひどくなる契機になった」と理由を説明した。

シン教授の発表後には、日本天王の韓国訪問が日本人の情緒で可能なことか?、イ・ミョンバク元大統領の独島訪問が日本国民の嫌韓の雰囲気醸成に口実を提供したのではないのか?、EUやアラブ連盟のように地域同盟が東北アジアで不可能な理由は何か?などの質問が続いたし、出席者はこれに対する熱を帯びた討論を繰り広げた。

一方、この日のフォーラム後には、九老洞のグルメで(社)在外同胞フォーラムの忘年会が行われた。(機械翻訳 若干修正)


永遠のライバル『士館生vs朝高生』