(東亜日報 韓国語 2017/12/06)

イ・サンフン経済部次長

経済学を勉強してみると誰でも一番最初に経済学の基本概念である“稀少性”について習う。人間の欲望を満たす資源は限られているため、経済学を通じて、どのようにすれば最も効率的に資源を配分するかを探求するということだ。

需要が多くて供給が不足すれば価格が上がり、反対になれば価格が下がるという『需要‐供給の法則』はこのような希少性の原理から始まった。ナ・フナ(羅勲児)のコンサートチケットが前売り開始7分で売り切れ、4万ウォンの韓国シリーズの入場券が闇販売サイトで最高120万ウォンで販売されているのは、この原理で説明することができる。蚕室野球場のチケットは2万6,000枚だけだが、チケットを求める人は数え切れないほど多いため、闇市場で価格が上がるのは法的な是非を離れ、自然なことだ。

最近、韓国で経済学の需要‐供給の法則が最もはっきりと適用されているところを挙げるならば、江原道平昌郡一帯を挙げることができる。1泊で40万~50万ウォンは基本で、200㎡規模の大型宿舎1日の料金が200万ウォンに迫る。非難が強まると江原道は「高い料金を受け取る業者に対して税務調査を依頼する」と明らかにし、一部の業者は進んで価額を下げた。高い宿泊料が平昌冬季オリンピックを台無しにするという指摘まで出ている

ぼったくり宿泊料は本当に外国人が見るに恥ずかしい韓国の自画像だろうか。人口4万3,000人の小さな郡地域に世界95か国から集まる選手、役員、取材陣だけで5万人余りだ。パラリンピック参加者2万5,000人に全国各地のボランティアメンバー、観光客などを加えれば10万人に迫る。その上、オリンピックは来年2月の一月だけだ。期間は決まっていて、需要は溢れているのに供給が制限されているので、価格が上がらなければ、それは異常である。あえて経済学の原理を突きつける必要もない。バンクーバー、ロンドン、ソチ、リオデジャネイロなどオリンピックを開催した都市の大半がオリンピック期間に宿泊費が天井知らずに跳ね上がった。部屋代が高くてオリンピックを見ることが難しいという不満が出るのは理解出来るが、だからといって国の恥とこきおろすことではない

中継権料だけで数兆ウォンに達する世界最高のコンテンツが、1か月余りの間、競技場を満たすので、いくら高くても来る人は来るようになっている。オリンピックが終われば宿泊費は自然に下がって行くだろう。部屋代さえ安くなれば問題が解決するのだろうか。そうではない。本当の問題はオリンピック後だ。オリンピックというコンテンツが消える平昌の空席を満たす我々だけの何かが現時点ではない

ショッピング、免税店程度以外、韓国という観光ブランドを満たすコンテンツは皆無といっても過言ではない。平昌だけでなく、全国ほとんどの観光地が同じだ

『世界最高の都市=ニューヨーク』『オモテナシ(手厚い接待)=日本』『天恵の自然環境=東南アジア』のような韓国だけの武器がない

中国人観光客に依存する低価格観光商品以外、適当な誘引策もない。「韓国観光には『韓国』もなく『観光』もない」という苦言がわけもなく出てくるのではない

しっかりした楽しみ方さえあれば、ぼったくり宿泊料は問題にならない。フランスでカンヌ映画祭が開かれる毎年5月、ゴキブリが出る古びたホテルが1日数十万ウォンの客室料を受け取ることができるのは、ひとえにカンヌだけで見て楽しむことができるコンテンツがあるからだ。平昌の高い部屋代を引き下げようと深く考える時間に、どのようにすれば観光客が財布を開くようにできるか悩んで研究しなければならない。数千万ウォンを使っても「惜しくない」という話が出るほど韓国観光の付加価値を引き上げなければならない。オリンピックを開催しながら「値惚れで来てください」と言うことはできないのではないのか。(機械翻訳 若干修正)