(アジアトゥデイ 韓国語 2017/10/30)

「日王の訪中は最強の外交カード」

日本が1992年の明仁日王の中国訪問を推進していた当時、外務省当局者の中ではこのような考えを持っている人もいたと朝日新聞が30日、報道した。つまり、日王の政治的な行為が禁止されているにもかかわらず、日本政府内では明仁日王の中国訪問を通じて外交的効果を期待していたというものと見られる。

最近の韓国政界では現在、明仁日王の韓国訪問を希望する声が相次ぎ、『日王訪韓カード』が有力に浮上している。イ・スフン(李洙勲)新任駐日大使は今月25日、日王(訪韓)が実現することが望ましいという思いを持っていると明らかにした。イ・ナギョン(李洛淵)国務総理も先月に朝日新聞とのインタビューで、明仁日王が退位する前の訪韓を希望すると明らかにした。冷え切っている韓日関係を日王の訪韓を通じて解きたいものと分析される

こうした中、日王が日本のまた他の隣国である中国に訪問した背景を朝日が集中照明した報道を総合すると、1992年当時、明仁日王の訪中は両国の利害関係はもちろん、明仁日王の意向まであって実現した。現在、日王の訪韓が懸案に浮び上がった中で、韓国と日本が日王訪韓を成功させるためには、こうした3つの条件を満たして時期を調整しなければならないという分析が出ている。

朝日新聞は同日、明仁日王が訪中に対して肯定的な話をしたという記事と、日本内部の対立の背景に対する記事の2つの記事で、日王の訪中の背景を紹介した。

当時、日本政府・与党内では日王の訪中を通じて中日間の歴史問題を解決したいという意見と、日王が政治関係に巻き込まれる恐れがあるという保守強硬派の意見に分かれた。

日王は日本国憲法第4条に基づき、象徴的な国家元首であり、政治的な行為はできない。これに対し保守団体である日本会議は、当時総理であった宮沢喜一元総理に日王の訪中が政治利用につながりかねないとして公式的に反対の立場を表明した。

これに対し、宮沢総理官邸の幹部が異例的に『保守強硬派対策』をたて、約半年間かけて日王訪中推進を成功させることができた。保守派内では今でも日王訪中に対する批判の声が出ており、当時、日王訪中と共に懸案だった訪韓は実現されていないと朝日新聞は指摘した

また、朝日新聞は、日本政府が当時「日王訪中により、中日間の第2次大戦後(歴史問題)処理を完結させたい」との思いがあったと伝えた。1992年は中日国交正常化20年を迎える重要な年だっただけに、日本は問題の解消で両国の関係を解氷させようとしたものと見られる。

中国は当時、多くの犠牲者を出した天安門事件(1989年)によって国際社会から孤立した状態であった。これに対し、日王の訪中でこのような状況を打開したいという思惑が日王歓迎の背景にあったものと見られる。実際、日王訪中当時、中国外交部長(外相)だった銭其琛(チエンチーチェン)は、その後、回顧録で「(国際的)対中制裁を打破するうえで積極的な作用を発揮した」と明らかにしたと朝日新聞は伝えた。

日王は中日友好関係に役に立てばという考えで訪中をしたと見られる。日王は数年前、「中国訪問は良かった」と明らかにしたと王室を担当する宮内庁関係者が朝日新聞に明らかにした。この関係者は日王が「良かった」と語ったのは中日政府の政治的文脈とは違い、「自らの(中国)訪問で少しでも友好関係に前進があればというお考えのようだった」と明らかにした。実際、日王は中国を訪問して一般の人々との触れ合いに力を注いだと朝日新聞は説明した。

一方、明仁日王は2019年3月に生前退位するものと見込まれており、、彼が退位する前に韓国を訪問する時間は約1年5か月だけが残っているわけだ。彼が退位すれば徳仁王世子が即位するものと見られる。(機械翻訳 若干修正)


>朝日新聞は同日、明仁日王が訪中に対して肯定的な話をしたという記事と、日本内部の対立の背景に対する記事の2つの記事で、日王の訪中の背景を紹介した。

明仁日王が訪中に対して肯定的な話をしたという記事↓

天皇陛下「中国訪問はよかった」 渦巻く思惑、親善貫く
(朝日新聞 2017/10/30)

 「中国訪問はよかった」

 皇居・御所で開かれた数年前の食事会の席上。天皇陛下は1992年の中国訪問を振り返り、 宮内庁関係者にそう明かした。

 天皇陛下が皇后さまと中国を訪れた92年は、日本と中国が国交正常化20年を迎えた節目。歴代天皇で初めてとなる訪中の実現には、紆余(うよ)曲折があった。

 日本政府には、天皇訪中で昭和から引きずる歴史問題に区切りをつけたい思惑があった。「天皇訪中は最強の外交カード」(外務省当局者)と捉える向きもあった。だが「天皇を政治利用すべきではない」という意見のほか、政府・自民党内にも、 戦争責任や賠償問題の再燃を危惧する立場からの慎重論は根強く、調整に時間がかかった。

 一方、中国には多くの犠牲者を出した89年の 天安門事件で国際社会から孤立した状況を打破したい思惑があり、繰り返し天皇訪中を求めた。当時の中国外相・銭其琛(チエンチーチェン)氏は回顧録で、天皇訪中を「対中制裁を打破するうえで積極的な作用を発揮した」と振り返った。

 だが、陛下が「よかった」と語ったのはこうした政治的文脈とは一線を画し、「自らの訪問で少しでも友好関係に前進があればというお考えのようだった」と発言を直接聞いた 宮内庁関係者は言う。表情や話し方から、親善の意義や手応えを得たのだと感じ取ったという。

 実際、天皇、皇后両陛下は中国で一般の人々とのふれあいに力を注いだ。

 旅の最後に訪れた上海では、沿道から「ホワンイン(歓迎)!」の声があがった。上海総領事だった蓮見義博氏(84)は両陛下と車で移動中、天皇陛下から何度も「もう少しスピードを落としてください」と求められた。暗い道路にさしかかると、遠くにいる人たちにも見えるように、と室内灯をつけた。「外に出られるといいんですけどね」とも語ったという。

 訪中の評価は今も分かれる。天皇陛下自身、周囲に尋ねたことがある。外務省アジア局長として訪中に関わった池田維(ただし)氏(78)は2000年、両陛下のオランダ訪問時に駐在大使として朝食を共にした席で、陛下から「中国訪問はよかったと思いますか」と聞かれた。その2年前、来日した 江沢民国家主席が日本の歴史認識について批判し、両国関係がぎくしゃくしていた時期だった。陛下が、両国の関係を気にかけていることが伝わってきた。

 政治と切り離されるべき天皇の外国訪問だが、国内外の政治環境と無縁ではない。長く両陛下に仕えた 宮内庁元幹部は「国際親善は象徴天皇として大切な務めのひとつ」と話す。「だからこそ政治利用と捉えられぬよう、周囲が慎重に事を進めなければならない」