(朝鮮日報 韓国語 2017/08/28)

去る26日、日本人気俳優兼声優が公式の席上で韓国人を『チョウセンジン』と称して議論になった。この日開かれたゲーム『龍が如く 極2』の新作発表会で寺島進(54)は舞台挨拶の途中、「今日ステージに上がっている何人かは『チョウセンジン』なんで、朝鮮からミサイルを飛ばさないように願っている」と話した。寺島は1986年から活動を始め、映画100本以上に出演した有名俳優で、韓国でも顔が良く知られている。『龍が如く 極2』には声優で参加した。

韓国人ゲーマーの大多数は反発したが、このように、稀にチョウセンジンをチョウセンジンと呼ぶことが何の問題かと問う人もいたチョウセンジンは朝鮮人を日本語式で読んだ発音であるだけで、卑下や蔑視の意図はない価値中立な表現というものである。一理ある主張であろうか

#一理なし

もちろんそうではない。日本社会でチョウセンジンは韓国人を蔑視する目的で使われることが頻繁な用語だ。1929年の光州学生抗日運動の主役で建国勲章愛族章を受けたパク・ジュンチェ(朴準埰)(1914~2001)先生は後日、「私はパク・キオク(朴己玉)のリボンを掴んでいたずらをした福田を改札口の外の駅前広場で呼び止めて静かに問い詰めた。彼の口からチョウセンジンという言葉が出るや否や私の拳はそいつの顔に飛んで炸裂した。」と証言した。すでにこの時期からチョウセンジンという表現は悪口と受け止められていたという証拠だ。

パク・チョンヨル中央大日本語日本文学科名誉教授は「朝鮮が消えてからいくらも経たなかった時期、すなわち日帝強占期の序盤まではチョウセンジンは文字通り朝鮮出身者を指す価値中立用語であった」とし「だが、日帝統治が長くなりながら、チョウセンジンという言葉は相手を対等な人間というよりも、被支配者の立場に見るという意味を内包することになった」と述べた。

ただし、20世紀始めに日本に渡っていった朝鮮人のうちの一部は、まだ国籍を『朝鮮籍』で維持しており、このために自らをチョウセンジンと称したりもする。だが、黒人が互いに『nigger/nigga(コムドンイ(黒ん坊))』と呼ぶからといって、私たちも彼らを『nigger/nigga』と呼ぶことができないように、日本人が韓民族を指してチョウセンジンと呼ぶのはどの状況でも問題になりかねない。先立って説明した通り、チョウセンジンが悪口と受け止められた由来を振り返ってみればなおさらだ。パク名誉教授は「現代日本語でチョウセンジンは明確に卑しめる意味に近い用語」とし「万一、侮辱する意図がなかったとすれば『カンコクジン(韓国人)』の表現を使ったはす」とした。

#北朝鮮だけを狙った?

一部では“ミサイル発射”が北朝鮮の乱動であることをあげながら、寺島が北朝鮮を戯弄する意図で投げた発言であるという意見を出した。実際に『キタチョウセンジン(北朝鮮人)』をチョウセンジンと呼ぶ場合もまったくないことはないためだ。

だが、たとえそうであっても、人前でいう言葉ではないというのが大半の意見だ。ヤンキー(Yankee)がたとえ北部アメリカ人、特にヨーロッパ系アメリカ人を指す卑称であっても、南部アメリカ人すべてがこの呼称に黙っていたのではない。パク名誉教授は「内心にどんな考えがあろうとなかろうと、取り出して良いことはない表現」と述べた。

#不透明な未来

『龍が如く 極2』は来る12月7日、韓日同時発売予定だ。単に売る水準を越え、ハングル化まで予定された作品だ。

だが、極右のコンテンツを含んでいるという論議のために日本発売を翌日に控えて韓国発売と韓国語化の中止を発表した前作『龍が如く6 命の詩』のように、この作品も韓国発売を目前に置いて計画が座礁する危機に置かれた。国内ゲーマーの大多数は「寺島進が公式謝罪をしなければ、『龍が如く 極2』が韓国で正式発売されても買わない」と反発している。(機械翻訳 若干修正)


朝日も毎日も東京も京都も取り上げないのかな。どんなスタンスでも民団か朝鮮総連から苦情がきそうですもんね。